心霊系ユーチューバーを目指し廃病院に突撃した兄のジュキ。そこで触手に寄生されてしまう。
弟のヒビキはジュキを生かすために手を尽くすが、触手の魔の手が伸びる。二人きりの異常な生活はいつしか日常に変わる。
触手好きさんにオススメの一冊。
【試し読み】無職の兄が僕の家に転がり込んできて三ヶ月が過ぎた。
僕のイラストレーターとしての稼ぎは大したものではないと説明し、早くバイトなり何なりを探して欲しいとお願いしたのに、兄が僕のクレジットカードで勝手に買ってきたのはハンディカム。
「ヒビキ、俺な、ユーチューバーになろうと思うねん」
もう何周遅れやねん、と言いそうになったが、買ってきたものは仕方ない。どうせ兄は言い出したら聞かない。「JUKIチャンネル」というのも重機かミシンの意味になるんやでと教えようとしたが、逆ギレされそうだったのでやめた。
兄に樹希也、僕に日々希という、ギリギリ読めるがゴテゴテした名前をつけていることで両親のことは察してもらうとして、ともかく僕が面倒を見なければ兄は生きてはいけないので、古いノートパソコンを譲ってあとは自分でやってくれと放置した。
「やっぱさぁ、ホラーブームやん、そういうのがウケるやん、やから車出して」
「はっ?」
兄なりに考えついたのがそれらしかった。どうやら市内に心霊スポットとして有名な廃病院があるらしく、真夜中にそこへ行ってライブ配信をしたいのだとか。
「一緒に観たやろ、アレみたいやん、なんたら……なんたらプロジェクト……」
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」
「そうそれ!」
かなり前に観た映画なので内容は忘れたがドキュメンタリー風のやつだ。今だとモキュメンタリーというのか。ハンディカムを構えて心霊スポットに潜入、定番と化した方法なのか時代遅れなのかわからないが低予算で済むことには間違いない。
「でもさぁジュキ、僕の車乗りたくない言うてたやん……」
「まだ気にしとんの? 今の俺は乗れたら何でもええよ」
僕の愛車は水色のハスラーだ。納車されて兄に見せびらかしに行ったら、水色なんてだっせぇゲロ吐きそうと言われたので一発殴ったらやり返されて散々だった思い出がある。大体、兄は百八十五センチも身長があるのに、チビな僕に本気で拳をぶつけてくるのは、兄としてどうなんだろうと日頃から思っている。
「文句言わんのやったら乗せたる。ほな撮ってる間は車で待っといたらええな?」
「おう! チャンネル登録しといてや、観ながら待ってて」
ネットで調べると廃病院の場所はすぐに見つかったので、深夜一時に出発した。八月に入り、熱帯夜でじっとりと暑い。兄は白い半袖Tシャツに長い黒髪を垂らして助手席で手鏡とにらめっこをしていた。
「……ジュキは顔だけはええねんからそんなに何度も見んでもええと思うで」
「顔だけは、って何やねん。他にもええとこあるやろ」
「ないわ。居候の癖に家事の一つもせぇへん、靴下脱いだら脱ぎっぱなし、僕のメシにいちいち文句言う」
「俺兄貴やぞそのくらい当然や」
「一歳しか違わへんのに兄貴面すんな」
世の二十六歳男性はもっとまともな暮らしをしているだろうにうちの兄はこれだ、ギャンブルをしないだけマシかと無理やり言い聞かせて山道を進んでいった。
この先通行止めの看板が目印だった。
僕はそこで車を停めた。金属製のバリケードが道を塞いでいたが兄の体格なら楽に乗り越えられる高さだ。
「はーい、ほな行ってらっしゃい。期待せんと待っとくわ」
「アホ。万バズさせたる」
兄はハンディカムと懐中電灯を持って意気揚々と車を降りた。僕は運転席でタバコを吸いながら兄がバリケードの向こうに消えていくのを眺めていた。これは間違いなく不法侵入だが、どうせ兄の動画は評判にならないだろうし、一回痛い目を見て諦めてもらえればそれでよし、という魂胆で僕は咎めなかったのだ。
スマホを開いて兄のライブ配信が始まるのをのんびりと待った。兄は子供の頃から通学路にいた猿を追いかけ回す程度に無鉄砲な性格をしていたので、きっと廃病院の中に突入することだろう。兄がこわいものって何だろうか。長い間弟をしているが見当がつかない。
何度目かのあくびを噛み殺し何本目かのタバコを吸い終えたところでライブ配信が始まった。
「どうも! JUKIです! 今から廃病院に潜入したいと思います!」
まずは兄の自撮りだ。だが口元しか写っていない。事前に練習とかせぇへんかったんかいなと心の中でツッコミを入れつつお情けの高評価ボタンを押してやる。
「それでは、行ってきまーす!」
画面がくるりと回転し、映されたのはガラス扉。バッキバキに割れており人が入る隙間が十分にある。今まで何人ものアホ共がやってきたのだろう。
兄の格好を想像すると、片手にハンディカム、もう片手に懐中電灯で撮影しながら歩いているものと思われたが、果たして両手がふさがれた状態でコケたら大丈夫だろうかという心配はつきまとう。まあ、怪我の一つや二つや三つして帰ってきたくらいがあの兄には丁度いいかもしれないと思い直して画面を見つめた。