前から綺麗な女の子だと思っていた。
ショートの黒髪に、くりっとした二重の目、細い顎。身長は百五十センチそこそこ。いつも黒っぽい服装で、スカートを履いているところは見たことが無い。ピアスがいくつもあいていて、ハイライトというタバコを吸っている。
それが彼女だった。
俺は大学二年生の冬、学内の喫煙所で、思い切って彼女に話しかけてみた。
「ねえ、ここでよく会うよね。学部は?」
彼女はタバコの煙を吐き終えた後、ぼそっと言った。
「文」
「そっか。文学部か。俺は商学部」
「ふーん」
まるで興味なさげな返答に、俺はしまったなぁと思っていたのだが、それからは意外と話に乗ってくれた。彼女は言った。
「そのタバコ、カッコいいよね」
「うん。これに似合うオッサンになりたくて吸ってる」
「きっとなれるよ。君さ、名前は?」
彼女の方から聞いてくれるとは。俺はにやけながら言った。
「荒牧純。ジュンは純粋の純」
「ふぅん、純粋そうには見えないけど」
「よく言われる」
「あたしは荻野楓」
カエデ、という名前の響きは、クールな彼女によく似合うと思った。この機を逃してはなるまい、と俺は思い切って切り出した。
「連絡先、交換しない?」
「いいけど」
彼女のラインのアイコンは、初期設定のままだった。俺は飼っていた黒猫だ。
「この猫、可愛いね」
「名前はクロ。そのまんま」
「へえ。あたし、猫好きなんだ。実家も今の家もマンションだから飼えないけどね」
いい調子だぞ。俺は続けた。
「それでさ、荻野さん」
「楓でいいよ」
「じゃあ、楓。今度飲みに行かない?」
どうだ? 俺はなるべく楓の顔を見ないようにしながら返答を待った。
「いいけど。何なら今夜でも」
「マジで? じゃあ、どっか行こうか」
そして、俺たちはタバコの吸える居酒屋に行った。俺も楓も、注文はビールだった。乾杯した後、俺は言った。
「誘った手前、今回は奢るよ」
「やった。あたしけっこう飲むよ?」
「うん、俺も」
喫煙者同士、気兼ねがなくていい。俺たちは酒とタバコを堪能した。つまみは枝豆と、牛タンくらいで事足りた。楓はかなり早いペースでビールジョッキを傾けた。俺も負けじと応戦した。
話すのは、俺がほとんどだった。一人っ子であること。親と住んでいて、この大学には電車で通っているということ。猫のクロはもう居ないということを話した。
「そっかぁ。あたし、猫飼えないから、触りたかったのにな」
「ははっ、残念」
お互いビールばかり五杯飲みきり、しばし無言でタバコを吸った。楓は顔色一つ変わっていなかった。いいぞ。こういう女の子は。思った通り、タイプの子だった。
お代を支払い、居酒屋を出た。冬の風が激しく吹いていた。楓は俺の手を握ってきた。
「今度はあたしが奢る。あたし一人暮らししてんの。うち来てよ」