太鼓の音に合わせて獅子舞が踊る。
僕の職場、ショッピングモール「サンテラス」の令和八年最初のイベントだ。
獅子舞は客席の間を縫い、子供の頭に噛みつく。子供は肩をすくませ小さく悲鳴をあげる。絶好のシャッターチャンス。僕はすかさずデジタル一眼にその様子を収める。
サンテラスのイベントスペースは、建物の中央にあり、三階まで吹き抜けになっている。見上げると、二階にも三階にも人が集まり、獅子舞の踊りに釘付けになっている。
――盛況やな。よかった。
今回のイベントの立案をしたのは僕だ。サンテラスは地元密着型の小さなショッピングモールであり、高齢者が多い。だが、子育て世帯の支持も根強い。日本古来の馴染みある風物詩は、そんな客層を刺激したようだ。
獅子舞は大人たちにもサービスをする。笑みを漏らす白髪の老人。獅子舞はうねり、大きく口を開け、上を向く。天井はガラス張りになっており、冬の柔らかな太陽が振り注いでいる。
獅子舞が退場した後、僕は事務所に戻る。電話番の社員一人だけがパソコンに向かっていて、ひっそりと静まり返っている。僕はスタッフであることを意味する蛍光イエローの腕章を外して自分のデスクにしまい、遅い昼食をとる。コンビニで買っておいた照り焼きたまごサンドイッチ。昼は必ずこれにすると決めている。
サンドイッチを腹に収めた後、ダウンジャケットを着て、従業員出入口から外にでてすぐの喫煙所に向かう。僕が取り出したのはメビウス。フィルターを噛み、カプセルを潰す。火をつけて煙を吸い込み、ため息と共に吐き出す。
――新年って言っても僕に変化があったわけやないからなぁ。
僕は三十八歳。誕生日が来れば三十九歳、つまりは三十代が終わろうとしている。
季節の節目を彩るイベント会社に勤務している僕だが、僕の人生は平坦そのもので、この歳になっても結婚や子育てとは無縁の生活を送っている。
年末年始も仕事があることを言い訳に、今年も帰省はしなかった。両親は既に諦めているのだろう、小言の一つもない。何年か前までは、いい人はおらんのか、とせっつかれていたのだが。
喫煙所からは駐車場が見える。大きな紙袋を持つ父親とその後を追う二人の子供たち。福袋だろうか。今年もサンテラスの服飾品や雑貨の店はそういう商品を出している。
車の出入りは激しく、コートの襟を立てた警備員たちがしなやかに誘導棒を振る。サンテラスは神戸の山側にあり、強い北風が容赦なく吹き付ける。ああいう屋外での仕事はさぞ辛いだろう。
タバコを吸い終え、事務所に戻ると、主任に声をかけられる。
「高瀬くん、獅子舞よかったみたいだね」
「はい。おかげさまで」
「次の企画会議もよろしく頼むよ」
「頑張ります」
主任は去年本部からやってきたばかりの男性だ。僕のような平社員は就職してからずっと同じ現場に配属されているが、管理職は定期的に異動がある。彼は僕の何人目の上司だったか、数えるのはとうにやめている。悪くはない人だ。
僕はデスクにつき、デジタル一眼のデータをパソコンにアップロードする。そこから明らかに失敗している写真を削除。本部への報告書に使えそうな写真を探す。やはり、子供に噛みつく瞬間のものがいい。真っ赤な獅子舞の顔が中央に収まっているし、子供のおびえた表情が獅子舞の迫力を伝えていて、これ以上のものはない。僕のカメラの腕も安定してきた、と自身を労う。
この会社に入って十七年目の僕は中堅の扱いだ。資材の搬入や舞台の設営は他の若い社員に任せている。明日はピアノコンサートのイベントだが、僕は電話番の予定だ。
定時の夕方六時にあがることができた。僕は同僚たちに挨拶しながら足早に事務所を出る。
従業員出入口の扉を開ける時、なぜか胸騒ぎがした。
それを無視して外に出ると、長身の男が柵にもたれて立っている。僕はその立ち姿に見覚えがある。しかし、信じられない。こんなところにいるはずはないのに。
男と目が合う。トレードマークだった黒い長髪はバッサリと切られ、短くなっているが、懐っこいタレ目は大学生の頃のままだ。
「よう、要」
そんな風に名前を呼ばれるのは、何年ぶりだろうか。
「……奏真、なんでおるん」
そういう返し方しかできない。
「まあ……それは、おいおいな。今から帰るんか?」
「うん。そこで一服してからな」
「俺も付き合う」
頭の中に大量の疑問符が浮かぶ。奏真は僕の連絡先を知らないはず。居場所も知らないはず。それは後で問い詰めるとして、こうして待ち構えていた目的だ。
とにもかくにも並んで歩き、喫煙所へ。僕の頭は奏真の肩ほどしかない。身長差は変わっていない。そして、奏真が取り出したマルボロもまた、大学生の時のまま。
「何しに来たんや」
トゲのある言い方になってしまう。それに構う様子もなく、奏真は煙をふしゅうと吐き出した後、ニッと笑う。
「宅飲みしようや。あの頃みたいに」
僕のタバコの灰が、はらはらと落ちる。