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Poena

  • オ-14 (小説|ファンタジー・幻想文学)→配置図(eventmesh)
  • ぽえな
  • ななつほしなみ
  • 書籍|B6
  • 220ページ
  • 600円
  • 2017/03/26(日)発行
  • ~注意事項~

    ■ほんのりBLです。

    ■そんなにグロくは無いですが暴力表現、殺人シーンがあります。

    ■未成年の飲酒喫煙性行為に関する言及があります。

    ■上記の様な感じなので、多少メンタルアタックしている内容かもしれないです。

    ■一応ハッピーエンドです、多分。

    (長めのサンプルはhttp://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7935973に上がっています)

    〜あらすじ〜

    「痛みだけを受け取って、永遠に覚えておくから。」

    妹を殺した兄は入水し後追いを試みるも、不思議な青年に助けられる。名前を喪い「アルルカン」として生きる事になった彼。一方飼い主に怯える毎日を過ごす少年は、美しい瞳の「アルルカン」に出会う。二人の運命が、二つの時空で交錯する。

    ~サンプル1~

    「今日からは影の話を聞かせてやろう」

     膝に頭を預けたペットを撫でる手を休めると、飼い主は肘掛け椅子の横にある小さな丸テーブルから、豪華な装丁の、重たそうな本を持ち上げた。背表紙には「影と翳り」とだけ書かれて居る。毎朝一階へ降りて来たら、こうして読み聞かせの時間になる。飼い主は立派な人間だったから、こうしてペットにも文化的なものを与えてくれるのだ。

    「影と翳り。影は翳りの中では生きられない。だが、翳りは影と違って動けない」

     影と翳りは、静と動の双子としてこの世に生まれるらしい。どちらも同じ価値、良い悪いではない。あちらとこちらは、常に等価値。その二者が問答をする形式で、『影と翳り』は進んでゆく。

    「影は言った。何故翳りは翳りなのか。翳りは言った。それは影が影であるからだ。影は言った。影は影それ自体なのではない。あらゆる物体の影なのだ」

     時たま、ページをめくる時や持ち手が疲れた時に、飼い主が膝に載せた儘の彼の頭を撫でる。気持ちが良い。飼い主の声は穏やかで、朗読の中身は奥深い。恐怖の後の褒美は、いつもとても心地良い。

    「翳りは、取りも直さず陽の翳りだ。雲が太陽を覆い隠す、その暗さに端を発する。影が物体の証左なら、翳りは太陽の証左だ」

     飼い主の朗々とした声が、この世界の約束事を、美しく彼に染み込ませてゆく。彼はそれを一滴残らず舐め取った。毎日、毎日、繰り返し欠かさず。飼い主の声は彼の内側にも根を張って、彼の心の形、胸の間取りを決めていった。この鼓動の速さも、肋骨の本数も、飼い主が決めたに違いない、そう彼は考えて居る。今日もそうやって、自分の中に滴る世界からの恵みを、ぴちゃぴちゃと舐める。

    「翳りは言った、翳りは人の心にも差す。影は言った、影は人の心にも差す。心の翳りは心の影だ。翳りと影とは同時に言った」

     へえ、と彼は興味深く感じた。心の翳りは心の影。本当だろうか。何故、そうだと分かったのだろう。後で考えてみよう、と小さく思う。今は続きを聞きたい。飼い主の声を聞きたい。この世の摂理を確認して、埋もれたい。

    「影は言った、夜に影は死に絶える。翳りも言った、夜に翳りは死に絶える。だから人の心に潜み隠れる。翳りと影とは同時に言った」

      人の心に隠れる影と翳り。彼は少しだけ、その言葉に胸を痛めた。飼い主に怯える気持ちを思い出したからだった。夜、陽の光を失った暗黒の者共が、彼の心に侵入する様を想像した。それが、心に黒い気持ちを抱かせるのだろうか。肋骨の一本一本、心房と心室の形、それら全て飼い主に与えられたものなのに、こうして飼い主から逃げたがる気持ちは、真っ黒な暗黒のせいなのだろうか。今まで理由が分からなかった恐怖と怯懦の原因に影と翳りという名前、全てから暗黒を弁別する輪郭が与えられ、彼は嫌な気持ちになった。

    「陽の光が強くなればなるだけ、影もまた強くなる。陽の光が強くなればなるだけ、翳りはしかし弱くなる。物が多くなればなるだけ、影はその輪郭を曖昧にする。物が多くなればなるだけ、翳りは一層明瞭になる。ところが或る男が言った。俺には確かに影がある。それは俺が物体だから。しかし俺には翳りが無い。俺は陽の光を浴びる者なのに」


    ~サンプル2〜

    「……お兄ちゃんみたいな人だけが、生きる世界になったら良いのにね」  暫く煙草をふかして居た妹は、またも何処からか取り出した灰皿に灰を落とす。
     「私みたいな人なんて、正直生きてなくて良いなって思う事があるんだ。私みたいな母親から産まれる子供もそう。すぐ好きな人なんて変わって、可愛い筈の子供も、きっとすぐ可愛くなくなる。お母さんにそっくり。知ってた。でも、今はあの人が好き。そんな風に思ってる自分が、凄く嫌い」
      涙が落ちる音で、初めて泣いて居る事を知った。袖口で目許を擦る仕草。まだ何処か、幼さの残るそれ。なのに、右手で煙草は赤々と燃えて居る。煙が彼の鼻腔に届く。乖離して居た妹の様々な顔が、一つに混じる。
     「お兄ちゃんだけ生きてれば良いのに。お兄ちゃんみたいな人だけが生きて、私とかお父さんとかお母さんとか、みんな死んじゃえば良いのに」
      しゃくり上げるのを抑えようとする声。身震い。慰めてやりたい気持ちと、腹立たしく思う気持ちが彼の中で交錯する。男と寝る。酒を飲んで煙草を吸って、兄を裏切って。全部自分で選んだ事の結果なのに、この子は死にたいなんて言って泣いて居る。私の事嫌いになったのが分かるよ。妹の先程の言葉を反芻する。嫌い。この腹立たしさは、妹がやって来た事、今尚して居る事への嫌悪感だ。灰皿の縁で煙草を叩く手慣れた右手。ビールのプルタブを開ける音。嫌悪。こんな妹は家族じゃない。家族になれると思って居たのは。
     「お前の兄貴は、薄情だから」
      そう言いながら冷蔵庫へ向かう。ビールを取り出す。ぷしゅ、とプルタブを引く。また襖の辺りに舞い戻って、妹の前でビールを飲んだ。
     「お前が不良だって分かった途端、お前が嫌いなんだ」
      爽やかな苦味が口内一杯に広がる。その味その儘の表情になるのを抑える事は出来なかった。妹はそれを見て微笑むと、煙草を灰皿に押し付け、自分もまた冷蔵庫からビールを取り出して飲んだ。
     「お兄ちゃんは、それで良いよ。私やお父さんやお母さんみたいな人が、自分を裏切ったと信じて生きて良いんだよ。それは確かに正しい事なんだから」
     「……冷たいな、正しく生きて居る人間は」
      自嘲すると、そうだね、と妹は案外さらりと認める。二本目の煙草に火を点けた。ライターの炎が、一瞬だけ彼女の瞳にちろちろと映る。在りし日の母親に良く似た面差しだ。ふう、と息を吐き出せば、煙は水母(くらげ)の様にふよふよと宙を漂った。
     「今、凄く迷ってるんだ」
      ビールをごく、と荒っぽく嚥下する。泡と苦み。憐みと怒り。妹に寄り添うか、妹を切り捨てるか。一人で生きるか、家族を求めるか。
     「お前の力になりたいって、思う自分も居る。けど、お前が信頼を裏切ったんだって、怒ってる自分も居る。その気持ちの両方を掬う事は出来ない。どっちかを大切にしなきゃいけないんだ」
      妹はそれを聞いて悲しそうに笑う。布団の上で膝を抱えて、少し考える様に宙を睨んだ。
     「お兄ちゃんは、正しい方を選ぶべきだよ。私はそう思う。私は正しくは生きられないけど、お兄ちゃんにはその力がある。その力を使って生きて」
    「そうやって、お前を見捨てるのが本当に正しい事に思えない自分が居るんだよ。苦しいんだ。だから、苦しめるお前を嫌いになる」
      空になった缶を乱暴に置くと、すかん、と間の抜けた音が聞こえた。自分の内側の安っぽさを指摘された様で、嫌な気分だった。
      「苦しく感じてるなら、苦しさの原因を取り除けば良いんだよ」
      そう言って、彼女はまた、部屋の暗がりから物を取り出す。茶色の柄と鞘。包丁よりやや小振りな果物ナイフ。
     「私を殺せば良い。お兄ちゃんが正しいんだから、それを証明すれば良いんだよ。私がお兄ちゃんを苦しませてるんだ。私が居なくなれば、お兄ちゃんは私が生きて欲しい姿で生きられる。私も死ねた方が幸せ。どう?」

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