こちらのアイテムは2018/1/21(日)開催・第二回文学フリマ京都にて入手できます。
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日々、満ちたり欠けたり

  • い-37〜38 (小説|純文学)
  • ひび、みちたりかけたり
  • ブン・ブンコ
  • 書籍|B6
  • 32ページ
  • 100円
  • いつの間にか

    ホクロは常に〝いつの間にか〟だ。気が付いたときにはもうあって、自分で驚く。いつの間にか消えているホクロもある。物心ついたころから慣れ親しんでいた右腕のホクロは、いつの間にか消えた。その代りという訳でもないだろうが、左腕にひとつできていた。ホクロも引っ越しするのだろうか。  高校生になる息子の背中には大きなホクロがある。生まれた時にはなかったと思うが、いつの間にかできていた。
    朝、いつものように息子を起こそうと部屋に入っていくと、息子が無防備に上半身裸で寝ていた。いつの間にか大きくなった背中が妙に眩しかった。悪寒でもしたのか(悪寒ではなくオカンだが)目覚めて振り向いた息子と目が合った。 思わず、 「背中のホクロが」 と、目に入ったものを適当に口走った。口走ったからには無理やり話を続ける。 「だいぶん大きい」 更に続ける。 「大きなホクロは皮膚ガンになる危険があるらしい。メラノーマとかトラコーマとか言うやつ」 メラノーマが正解で、トラコーマは毛ジラミだ。息子は「はぁ?」というような表情をしている。 「皮膚科で診てもらった方がいいかもな」 と、話を終わらせた。私は終わらせたが、息子には終わってなかったようで、それから数日後、『今日皮膚科行くから一緒に来て』というメールが届いた。  流れで、やむを得ず皮膚科へ行くという新しい経験をした。 先生は、息子のホクロに定規をあてて縦やら横やらに向きを変えながら何度も計測した。 「悪性の、ガンのようなものではないですが、大きさは切除の目安である6ミリを超えていますんで、半年ごとに受診されて、状態をチェックされることをお勧めします」 ということだった。 たとえ「のようなものではない」と続くにしても、医者の口から「ガン」という言葉が吐かれれば、無意識に歯を食いしばる。 「ああ、よかった」 流れでここへ来たのも忘れ、私はずっと心配していたかのように安堵した。この安堵には、全くの空振りでなくて良かった、母のカンめいたものが働いた、みたいな結果になっている、という安堵感も加味されていた気もする。 さて、当人の息子もやはり一瞬、歯をぎゅっと食いしばったのだろうか。それまで疑いなく、明日もあるはずの健康とか命とかが少しだけ、かすかに、ゆらいだかもしれない。 息子の背中は、やはり、まだほんのり幼さが残っているように見えた。

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