踏切を舞台に繰り広げられる、数々の物語。読み終えたときにはきっと、あなたも踏切が好きになるはず。
以下の試し読みに挙げた4話に加えて、プロローグとエピローグが収録されています。
あ、今日もいる。
背が高くて、よく日に焼けていて、あまり重そうじゃないスポーツバッグを下げている男子高校生。通学路の踏切でしょっちゅう見かける彼のことを、最近のあたしはちょっと気にしていた。
あたしとは進行方向が真逆の彼は、いつも線路を挟んだ向こう側に立っている。でも、視力二・〇のあたしには、彼のスポーツバッグにぶら下がったストラップまでよく見えるのだ。黄色い直方体で、一番面積が広い部分が黒い。見えたところで、それが何なのかは分からないんだけど。
遮断棒が上がり、彼が歩き出す。白い靴は砂で汚れていて、あたしは、サッカー部の靴がこんな感じであることを思い出していた。
毎朝こうして踏切で会って、何事もなくすれ違っていく。言ってみればただそれだけのことだ。でも、友人の裕子に言わせたら、「そういうことから出会いは始まる」ってやつなんだろうな。
とはいえ、あたしは彼の名前も、通っている学校も、学年も、部活も、何も知らない。そして、これからだって知ることはないと思う。あたしはそれ位、彼に対して「よく見る男子高校生」以上の興味を抱いていないのだ。
踏切を渡り終えたとき、不意に大きなあくびが出た。周りに誰もいないことを確認してから、ゆっくりと伸びをする。
さて。今日も一日が始まる。(『線路の先が知りたくて』より)
列車からふと視線を戻したとき、すぐ隣に立つ子どもの存在に気が付いた。黄色い帽子を被り、ランドセルを背負った小学生。
真っ先に感じたのは、驚き。そして、戸惑い。
こんな平日の真昼間に? あ、午前授業とか? なにせ、自分が小学生だった頃のことなんて遠い昔だ。当時の時間割なんて覚えちゃいない。
「あのね」
俺の視線に気付いたのか、少年は唐突に口を開いた。顔は電車の方を向いたまま、おまけに帽子をかぶっているせいで、その表情は見えない。
「学校で、さく文をかくしゅくだいが出たの」
「そ、そうなんだ」
ぎこちなく返すと、少年は顔を上げた。ちょっと吊り上がった目が俺を見つめている。
「大きくなったらなにになりたいですか? っていうだいだったの。だからぼく、一生けんめいかんがえてかいて、きょうのじゅぎょうではっぴょうしたんだ」
「へぇ、どうだった?」
不意に表情が翳る。大きな目に、涙の膜が張ったように見えた。
「そしたら、わらわれた」
車輪の音がごうごうと響いている。悔しさを思い出しているのか、少年は唇を噛み、小さな拳を震わせていた。その様子に、何か言ってやらねばという義務感が生まれた。幸い、俺は人と話すことが得意なのだ。
でも、今はいつものように言葉が出てこなかった。どういうわけか、彼に伝えるべき言葉が見つからない。
「……ちなみに、君は何になりたいんだ?」
そう尋ねると、少年は少し口ごもった後、ややあって特撮ヒーローの名前を告げた。俺が子どもの頃に流行ったやつだった。そんな古い作品、よく知っているな。
「なるほど、そりゃ、お前……頑張ろうな!」
否定されなかったことが嬉しかったのか、少年の表情が明るくなった。(『あの日との交差地点』より)
他愛ない話をしながら歩くこの道が、たまらなく愛おしい。私もみっちゃんも、それぞれ別の部活に所属してるけど、互いの部活が終わるまで待って、こうして毎日一緒に帰っているのだ。
みっちゃんとは、小学生の頃からの仲良しだ。今はクラスが違うけど、休み時間のたびに教室を訪ねてはお喋りをする。朝と、十分休みと、昼休み。そう考えると、一日のほとんどをみっちゃんとのお喋りに費やしているような気がしてきた。それでも話題が尽きないのだから、親友とは不思議なものだ。
いつものように喋っているうちに、踏切が見えてきた。私の家はこの踏切の手前に、みっちゃんの家はこれを渡った向こう側にある。
だから、いつもここで別れる。一日のお喋りが終わるのは、決まってこの場所だ。
「あ、そうだ。私、耀ちゃんに言いたいことがあるんだ」
「えぇ~何何? 改まっちゃって」
ちょうど電車が来たから、遮断棒が上がるまでの間、もう少しだけお喋りすることにしたのだ。こういうことはよくあるし、話に花が咲いて電車を何本も見送ることだって、珍しくない。
みっちゃんは心持顔を上気させて少しもじもじしていた。そうしてしばらく黙っていたけど、電車が全て過ぎ去った頃にようやく口を開いた。
「あのね、私、藤間くんと付き合うことになった」
「え?」
背後に広がる茜色の夕焼け空と、それに負けないくらい赤い顔をしたみっちゃん。ゆっくり上がっていく遮断棒。夕闇に溶けていく警報音。
この景色を、私はこれから先ずっと忘れないと思う。(『遮断されていく世界』より)
俺には年の離れた姉がいる。親父の親戚の娘だか何だかで、とにかく直接的な血の繋がりはなかったと思う。でも、実の姉のように接してくれた。優しくて優秀な自慢の姉さん。誰かに姉さんを褒められるたび、自分が褒められたように嬉しかった。
俺が家を出る頃、当時高校生だった姉さんも、大学進学とかで家を出ていたような気がする。いや、俺の方が先に家を出たのかもしれない。実家との距離が遠いせいか、俺の中で姉さんの消息は曖昧だ。
かーんかーんかーんかーんかーんかーんかーん……
警報音が聞こえる。今まで気にしたことはなかったけれど、近くに踏切でもあるのか、キャンパス内まで音が響いてやかましい。
「うるせぇな」
「ご、ごめん」
「いや快晴のことじゃなくて、踏切が」
「え?」
快晴が素っ頓狂な声を上げた。はっとして顔を上げると、ものすごく驚いた顔の快晴と目が合った。ハトが豆鉄砲を喰ったってここまで驚きはしないだろう。
気が付くと、警報音は消えていた。
「ごめん、何でもない」
少し不安そうな表情の快晴に、笑ってごまかす。掌に、じんわり汗がにじんでいた。(『警報音は鳴りやまない』より)
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