季節が持つ色や匂い、音などを描写した140字小説集。春夏秋冬各25作ずつ収録しております。
以下、試し読み。
雪が残る山は白と土のまだら模様で、若葉もまだ芽吹かない並木道は寒々しかった。冬の気配が残る色のない景色を、ぴかぴかの自転車で通り過ぎていく。頬を滑る風には、湿った土の匂い。
春が来た。新しい人間関係とか業務内容とか、不安が山積みでもなお顔を上げ、鼻歌さえ歌いたくなるような、春が。(春の章より、『木の芽時』)
太陽がじりじりと頭を焦がしている。自分の影に目を落としたまま、
「また、来年」
と墓に背を向けた。その瞬間、一陣の風が木々を揺らしていた。
『 』
木の葉の騒めきに紛れて何か聞こえた気がしたが、そら耳らしい。
振り返って見えたものは、どこまでも高く青い八月の空だけだった。(夏の章より、『盆』)
着信音で目が覚める。風の音で眠れないと言う君のために、一晩中お喋りをすることにした。深夜の物語は酷く現実感が無かった。日付が変わる頃に交わされたおやすみの一言も、どこか夢現。
翌日教室で見た君は、昨日のことなんてなかったみたいに友達と笑っていた。広がる空は、夢から醒めたように青い。(秋の章より、『台風一過』)
「これ、食べてみて」
君が差し出した可愛らしい包装のチョコレートは、例年以上に優しく蕩ける。
「おいしいから、自信持ちなよ」
そう言って彼女の背中を押す幼馴染の僕は味見係。
甘い匂いを身に纏い、今年も君は僕じゃない誰かのためにお菓子を作る。(冬の章より、『二月十四日』)
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