創作BL │ 文庫 │ 284頁 │ 800円 │ 15/09/20
祈吏は僕の家族で、姉で(歳はおんなじだけれど)、一番身近な異性で、そして、僕が誰よりも大切に思っている女の子だ。
なんせ双子なのだからお母さんのお腹で育った時からずっと一緒で、僅かに祈吏の方が出てくるそのタイミングが早かったから姉だということになっているけれど姉だと思ったことなんて一度も無い。(何かにつけて「お姉ちゃんだから」と カッコつけるその姿は可愛いとは思うけれど。)
双子だと言っても、僕たちは二卵性の男女として生まれてきたのでそっくり同じ顔をしているわけではない。アーモンド型の僕の瞳と違って祈吏の瞳は少し縦に幅が長くて黒目がちで僅かに目尻が垂れ気味だし、丸い鼻の先は僕の方が少し尖っている。横を向いた時のおでこと頬のラインは祈吏の方がほんの少しまあるくなだらかで、下唇が少し厚めで何も塗らなくてもほんのり赤いところは少しだけ似ている。
僕は男で、祈吏は女だ。これから骨格もどんどん成長して、体付きも変わって、背だってきっともっと伸びる。お互いにぐんぐん変わって、そうやって似ている所も薄れて、それぞれに全然違う大人の男と女になればいいと僕は思う。そうすれば、そっくり同じじゃなくてもどことなく僕と似ているその面影はもっと薄れていくはずだと、そう信じているからだ。
血が繋がっていて、生まれてからずっと一緒で(途中、中一から中三までの二年くらいの間に離れたこともあったけれど)
そうやって隣り合った道を歩んだ相手を好きになることはごく自然な、当たり前のことで―寧ろ無関心だったり、心の底から忌々しく思うよりはずっと良いことだと思うのだけれど。どうやら世間の評価はそうでは無いらしいということには、成長するに連れて薄々感づいていた。だからこの気持ちを打ち明けた相手はたったの二人しか居ない、春馬は栄えあるそのうちの一人だ。
「ずっと一緒に居る相手のことって、そんなに好きになれるもん?」
「一緒に居るから好きになるんだよ」
どこか遠慮がちに、それでも核心を突いてきたその台詞を前にきっぱりとそう答えたことは、記憶にまだ新しい。
自分なりに迷って悩んで、気の迷いだとやり過ごそうとしたことも一度や二度ではなくって。距離を置くきっかけになるかもしれないと物理的に離れることも選んだし、その間に他に好きな相手だって出来た。それでもやっぱり心の根っこにあるその感情は薄れることも消えることも無いままだったのだから、それならとことん向き合おうとそう決めてから、もう随分経つ。
「つき合えばいいって言ったのはさ、別に軽い気持ちってわけじゃないよ」
窮屈そうに折り曲げた膝の上をなぞりながら、春馬は言う。
「前に言ってなかったっけ。向こうにいた時その、つき合ってる子がいたって」
「……まぁ」
曖昧にそう答える僕を前に、春馬は続ける。
「その子とはつき合えたんでしょ? だったらって思わないの? その、祈吏ちゃんの代わりとかそういうのじゃなくて」
「そんなこと言われたって、あの時の下田さんの向こうには祈吏しか見えなかった」
「……重症だね、知ってるけど」
「春馬と一緒だ」
どこか憮然とした思いを隠せないままそう呟きながら、ぽす、と力無くクッションを殴る。大体なんでこんな話してるんだ、こんな真面目なトーンで。窓の外からは近くの小学校が流しているらしい注意喚起放送が流れていて、あま苦いこんな気分を華麗にぶち壊してくれる。
もうすぐ午後17時になります、外で遊んでいる子たちは必ず二人組以上になっておうちに帰りましょう。まだ子どもと言われた歳の頃は、よく祈吏と二人で家に帰ったことを今更のように僕は思い返す。祈吏と当たり前に手を繋いで歩いていたのは幾つまでだろうか。最後に手を握った時の感触は、生憎思い出せない。
「でもさー、そこまで言われるとやっぱ気になるよね。その、カイの元カノ。あれだっけ、今も時々やりとりしてるんでしょ?」
「……そうだけど。言ったじゃん、前にも」
「イングランドリーグとロックが好きでコーヒー淹れるのと鍋焦がすのが得意で、鯨のぬいぐるみと寝てるんだっけ? だからまぁ、そういうのじゃなくって」
如何にも興味深げにこちらをのぞき込むそのまなざしに、やれやれと大げさなため息でも返してやりたくなる。(やらないけど)
多分春馬が聞きたいのは有名人の誰に似てるのかだとか、どんな体つきなのかとか、キスが上手いのかとか、恐らくはそういうことなのだろうと僕は思う。それでも、約一〇〇〇km離れた場所に残してきた恋人がどんな相手だったのかなんてことをより具体的に伝えたくないのには、こちらにだってそれなりの理由があるのだ。気が乗らないその態度を隠すつもりもないままに、素知らぬ顔で僕は答える。
「じゃあ新情報、鯨の名前はビートルだよ」
「や、だからそういうことじゃなくてね?」
尚もおどけた様子でそう切り出す彼を前に、わざとらしく顔をしかめるようにしながら僕は答える。
「だいたいさ、前にも言ったじゃん、その『元カノ』って言い方、好きじゃないって」
そもそも、恋人が女の子だったなんていつ言った。