「ただーいまー」
お客さんに会うから、と珍しくスーツ姿で家を出て行った忍が帰宅と共に持ち帰ったのは、いやに愛らしいパステルカラーの花束だ。
「ねえ周、花瓶あったよね? どこに飾ろっかな、食卓でいいかなぁ?」
はい、と手渡されたそれを受け取りながら、どこか戸惑いを隠せないまま周は尋ねる。
「いいけどどしたのこれ、貰ったの?」
「ううん」
ぶん、と首を振り、恋人は答える。
「きょうさ、直帰で良かったからついでにその辺ぐるっと回って帰ろって思ったのね。そん時にすっごいかわいいお花屋さんがあったからなんとなく見てて、したらほしくなったから買って帰ろってなったのね。なんていうかまぁ、衝動買い?」
随分かわいらしいそれで良かった、と思いながら、大小バランスよくアソートされた黄色とクリーム色、それに淡いピンク色の薔薇の花束をしげしげと眺める。これだってまぁ、それなりの値段はするのだろうけれど。
「電車乗ってる間もなんかいーにおいしてさぁ。潰しちゃわないかなってそわそわしながらじいって見てて、なんか心なしか通りすがりの人もこっち見てるみたいな気がしてさぁ」
うれしそうにはにかんで見せながらぽつぽつと話す姿を前に、穏やかに心が緩んでいくのにただ身をまかせる。
いつもよりもよそ行きのスーツ姿にビジネスバッグの如何にもなかっちりとした装いに、どこか不釣り合いに見えるやわらかなパステルカラーの色とりどり薔薇の花束。
――ひいき目を差し引いたって随分と絵になって見えたのは確かなのだから、偶然居合わせた他人から見たってきっと。
「どしたの周?」
じいっとこちらを覗き込むようにしながらかけられる言葉を前に、ゆるく唇を噛みしめるようにしながら、ぽつりと囁き声を返す。
「……なんでもない」
「そっか」
優しい響きに、心はかすかにやわらかく震える。