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もしも運命の人がいるのなら

  • 南3-4ホール | う-13 (小説|SF)
  • もしもうんめいのひとがいるのなら
  • かわせひろし
  • 書籍|その他
  • 50円
  • 2026/5/4(月)発行
  • テクノロジーが社会変革を進める時代の、運命の赤い糸。つながりを求めるショートショート。

    〈試し読み〉
     あなたは運命の赤い糸って信じてる?
     私は信じてる。今まさにその人と、赤い糸で結ばれてるって思うから。
     天気のいい休日。今日はお出かけ。
     家を出て、扉を閉め、振り返る。隣の家の人と目があった。
     同じように扉の前に立っている、猫背気味の男の子。
     幼馴染のシュンだ。
     向こうも私に気がついた。後ろに小柄なかわいい女の子を連れている。ふわふわな髪につぶらな瞳。服装は大人しめ。その子もこちらを見て頭をぺこりと下げる。
    「珍しいね。これからお出かけ?」
    「ヒロ?」
     シュンがびっくりしたように目を見開いた。シュンが出かけるのも珍しいが、私がシュンに話しかけるのも同じように珍しいから。
     幼馴染は物語なんかだと仲良しのことが多いけど、現実にはむしろそんなの少数派なんじゃないかな? ご近所付き合いはあるから、小さい頃は一緒に遊んだりしたけど、大きくなるにつれそれはなくなった。お互い同性の友達と遊ぶことの方が普通になったから。
     さらにその後、お年頃になって、異性とお付き合いするようになったけれど、その対象にもならなかった。そんなもんだよね?
    「……いや、帰ってきたとこ。買い物から」
     シュンは手に下げたコンビニの袋を持ち上げた。
    「あれ? デートじゃないの?」
    「……まあ、うん。出かけないけど、家で映画でも見ようかなって……」
    「……あんたさあ、たまには彼女、どこかに連れてってあげたら? おばさんこの間、嘆いてたよ。彼女ができたら少しは活発になるかと思ったら、さっぱりだって。彼女だって、かわいそうじゃん。私だったら、そんな彼氏嫌だけど」
     ついついポロッと、普段心の中にしまっている感想を口にしちゃったのは、それこそおばさんの嘆きを聞いてかわいそうだなと思ってたから。自分の息子がこんな冴えないやつに育っちゃったら、悲しいよね。
     ただまあ、これは余計な一言だった。シュンは当然、カチンと来たみたい。
    「うっさいな。お前だったら一緒に映画見ようだなんて誘わねえよ。見てる最中、ガーガー いびきかいて寝るのがオチだろ」
    「は? そりゃあんたの選ぶ映画はつまんなそうだけどさ」
     売り言葉に買い言葉ってやつだね。すっかり雰囲気が悪くなって、私は背を向けて歩き出す。背後からバタンと扉が閉まった音がした。
     ね? 幼馴染だから仲がいいってわけじゃないでしょ?
     当然、運命の赤い糸で結ばれてなんかいないよ。性格合わないし、見た目もいまいちで好みとほど遠いし。まあ向こうもそう思ってるんだろうけど。
     赤い糸で結ばれてるんじゃないかなと思ってるのは別の人。ちょっとムカつく一日の始まりになっちゃったけど、今日はその人とデートなんだ。
     駅前の広場で、彼は約束通り待っていてくれた。遠目からでもわかる長身で、すらりとした体型。さわやかな笑顔。もう好きすぎて、後光がさして見えるレベルだよ。
    「セイ、待った? ごめんね、遅れて」
    「いや、大丈夫。今来たところだよ、ヒロ」
     出がけのあのやり取りのせいで遅れたのは確かだから、絶対私の遅刻。なのにさらっとそう言ってくれるの、優しい。
    「じゃあ、行こうか」
     隣に並んでさりげなく、腕を寄せてくる。私は喜び勇んで、その腕に手をかける。
     セイは二年ほど付き合っている彼氏。もう私の理想が実体を持った、みたいな人だ。
     細面で整った顔、好き。すらりとして背が高く、それでいて意外とがっしりしている体つき、好き。ちょっと低くて、柔らかいトーンの声、好き。落ち着いていて、優しく微笑んでくれるの、好き。物知りで、思慮深いところ、好き。服装とか、デートで連れていってくれるところとか、趣味がいいところ、好き。いつも私のことを考えてくれて、優しいところ、好き。考えるとき、ちょっと顎に手をやる仕草、好き。腕を組んで歩いているとき、ちょっと見上げる角度の横顔、好き。
     もうだめなんだ。最近ますます好きになってる。
     セイはどうだろう。私のこと同じぐらい好きでいてくれるかな。

     まったくせっかくのおうちデートなのに、嫌な奴に会ったもんだ。
     俺は玄関で靴を脱ぎながら、さっきのやり取りを思い出していた。
     ヒロの奴、小さい頃はそうでもなかったのに、小学校の高学年あたりから、だんだん俺のことを見下しているのが、にじみ出るようになってきたんだよな。何とか先輩かっこいいだの、浮かれるようになりだして、男を値踏みすることが増えた。自分だって大した女じゃないくせに。見た目はせいぜい並、スタイルだって別によくない。性格はあれだしな。
    「シュン君……?」
     ムカつくあまり黙ってしまった俺を気にして、ツキが袖をちょっと引く。
    「あ、ごめんツキ。さっきのこと考えててさ……」
     ツキは俺の彼女。俺の理想を体現したような、めっちゃかわいい自慢の彼女だ。
     まず、ちょっと幼く見える顔、かわいい。ちょっとたれ目のつぶらな瞳、かわいい。ちょこんと小さな鼻、かわいい。高くてはかなげな声、かわいい。ふわふわでなでたくなる髪、かわいい。きゃしゃで小さな体、かわいい。一歩下がって控えめな態度なのに、ちょんちょんと指先で触れて手をつなぎたがるところ、かわいい。いつも一生懸命ついてくるところ、かわいい。ちょっと小首をかしげて見上げてくる表情、かわいい。嬉しそうな笑顔、かわいい。
     もうだめなんだ。とにかく、本当にかわいい。
     ただ、ツキは正確には彼女とは言えないかもしれない。年配の、前の時代に青春を過ごした老人なら、顔をしかめるだろう。
     ツキはコンパニオノイドだから。
     最近の若者なら一度は付き合ったことがある存在だ。政府が全額補助を出して推奨している。孤立しがちな現代社会におけるサポートアイテムとかなんとか。詳しい話は忘れてしまった。
     おおざっぱに言えば、AI搭載アンドロイドの一種だ。でももっと進化したもので、その体はほとんど人間と変わらない。人間同様のタンパク質からなる細胞でできていて、人間とまったく同じように、触れば柔らかく、体温を感じる。
     脳まで同じように作ると、完全に新たな人類を作り出したことになっちゃうので、倫理的にさすがにまずいということで、頭にはAIチップが入ってる。他にもいくつか、メカニカルな補助部品が入っているそうだ。
     でもこうして向き合っている彼女は、本当に人間そのものだ。むしろ俺の好みを体現してくれているので、俺にとってはそこら辺の人間以上だ。
     見かけの話だけじゃない。性格も個人に合わせてチューンしてある。そりゃ、行き違いがまったくないということはないけど、さっきのヒロとの時のような、決定的な衝突はまず起きない。俺のことをよくわかってくれている、理想的なパートナーなんだ。
     俺はベッドの脇に腰を下ろして、ローテーブルの上に買ってきたお菓子やらジュースやらを並べた。PCをセットすれば、いつものまったり映画デートの準備完了。
     その時、急にツキが俺の肩に頭を預けてきた。
    「ツキ?」
    「あの……あのね、私、別にどこかに連れていってほしいとか、思ってないよ」
     どうやら先ほどの衝突を、ツキも気にしていたようだ。それでそう思っていたら誤解だよと訴えてきた。
     なんだこれ、かわいいな。
     俺が何と答えたらいいか戸惑っていると、彼女はさらに身を寄せて、胸元に顔をうずめてきた。
    「だって、外ではこんなふうに甘えたくても、恥ずかしくてできないもん……」
     そう言って、俺の顔を見上げる。
     うるんだ瞳。
     赤く染まる頬。
     ちょっと困ったようなへの字の口と眉。
     なんだこれ、なんだこれ。
     かわいい、かわいい。
     もう頭の中が沸騰しそうだ。
     当然このあとそうするつもりはあったけど、彼女が期待しているなら、俺の中の紳士はもう用済みだ。
     俺は彼女の肩を抱き、唇を寄せると……。

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