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虹の彼方に

  • 南3-4ホール | う-13 (小説|SF)
  • にじのかなたに
  • かわせひろし
  • 書籍|その他
  • 50円
  • 2025/11/23(日)発行
  • 雨上がりの国道を必死に自転車をこぐ女の子。彼女はひたすら虹を追う。これもSFなんじゃないかなと思う、ショートショート。

    〈試し読み〉
     右、左、右、左、右……。
     私は自転車のペダルを力一杯踏み込んでいた。
     ぽつ、ぽつと小さな水滴が頬に当たる。さっきまで降っていた夕立ちの、なごりの雨粒だ。雲はもう西へと進み、東の空は明るくなっている。
     周りを木々に囲まれた隣町へと続く国道を、私は一人、自転車をこいでいる。
     追い越していく車から、時折、いぶかしげな視線を感じる。天気もよくないのに町外れのこんな所を、必死の形相で自転車をこぐ女子中学生。そんな視線も仕方ない。
     ぺたりと張り付く制服。それは汗のせいなのか、先ほどの雨のせいなのか。
     そんなことはお構いなしに、私は自転車をこいでいる。
     道の先、空を見上げると、虹がかかっている。
     小さい頃、虹を見るたび、もっと近くで見たいと思っていた。近くで見たら、もっと大きくてすごいだろうなと思っていた。
     ふもとはどうなっているんだろう。登れるのかな。そしたら空の高いところまで行けるかな。空の上の天国も見えたりするのかな。想像はふくらむ。
     それを打ち砕いたのは兄だった。
    「虹は、太陽の光が大気中に浮かぶ雨粒の中で屈折反射して、見ている人の所に届いたものなんだ。光の波長によって屈折率が少しずつ違うから、七色に分かれて見えるんだよ。その屈折した色が雨粒から出てくる角度は決まっている。そうすると自分から虹の見える角度は、太陽の位置で決まっていることになる。ということは一歩前で見た虹は、一歩向こうの雨粒から来た光だということだ」
     難しい話を飲み込めず首をひねる私に、兄は簡単にまとめてくれた。
    「つまり近づこうとしても、虹の方が遠ざかっていって、結局追いつけないんだよ」
     頭がいいだけでなく、知識欲も旺盛、難しい本をよく読んでいた兄。小学生らしからぬ博識を見せる。ただ、知識として正しくても、その答えが正解とは限らない。
     それを聞いて夢を打ち砕かれた妹の私の、あまりのがっかりっぷりに、兄はあわてた。
    「で、でも、だから、条件さえ整えば、どこでも虹は見えるんだよ!」
     そう言って私を庭に連れ出した。水道にホースをつないで栓を開く。
    「見てて」
     ホースの先を指でつぶして、頭上高く水を振りまいた。細かく霧状に降り注ぐ水のカーテンに、七色の虹が浮かび上がる。
     ずぶ濡れになりながらはしゃぐ妹を、兄は優しく見守っていた。
     プリズムというものも教えてくれた。
     三角なり四角なり、角張ったガラスに光を通すと、微妙な屈折率の違いで色が分かれる。そう、虹ができる理屈と同じだ。
     お日様が出ていればいつでもどこでも虹を作れる魔法の道具に、私は大喜びだった。しかも、壁に映った虹は近づいても逃げていかない。
     兄がいたずらしない限りは。
     兄は面白がってプリズムを動かし、私の手元から虹を逃がす。舞い踊る虹を、私はきゃあきゃあと大はしゃぎで追いかける。
     私がはしゃぎ疲れた頃を見計らって、兄は手元に虹を映してくれた。
     手のひらの中に作られた虹は、とてもきれいで宝石のようだった。
     自転車をこぐ。虹は近づかない。兄の言う通りだ。
     坂道に差しかかる。私はますます力を入れて自転車をこぐ。
     右、左、右、左、右……。
     立ちこぎしながら、坂を登る。
     病室で寝ている兄は、すっかりと痩せこけていた。
    「ねえ、お願いがあるんだけど。そこのガラスの人形を、窓辺に置いてくれない? そう、そばに鏡も置いて……。そう、そんな感じ」
     ガラスをカットして作られた、多面体のクマの人形。 そこに太陽光を当てるとプリズム代わりになるのだという。部屋中にキラキラと虹のかけらが散らばる。
     クマさんを踊らせると、つられて壁に映る虹も舞い踊る。私はクマさんの頭を指で押さえて、くりくりと揺らしてリズムを取ってみた。
     ずんだだ、ずんだ。
     ずんだだ、ずんだ。
     クマさん、なかなか軽快だ。
     微笑んで、兄はそれを見つめていた。
    「ここの窓、南向きで日当たりはいいんだけど、虹は見えないんだよね。この間の雨の時に、きれいな虹が出たらしいんだけど、虹を見るには太陽を背にしなきゃダメじゃん? 南向きだとそれができないから。ちょっと残念」  そう言って、兄は寂しげに笑った。
     もう、虹を見るために立ち上がって歩いていくことも、できなくなっていた。
     国道は、山を迂回するように大きく曲がっていた。虹を目指す私は、そのまま真っ直ぐ、分岐した細い道へと入っていった。
     坂道はさらにきつく、立ちこぎしながらでもなかなか進まない。とうとう力尽きて、降りて自転車を押して歩く。

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