こちらのアイテムは2025/11/23(日)開催・文学フリマ東京41にて入手できます。
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きらきら大切商店街

  • 南3-4ホール | ち-43 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
  • きらきらたいせつしょうてんがい
  • 奥山さと
  • 書籍|B6
  • 1,000円
  • 小説作品集

    試し読み「特別ではない」

     アキは新潟から上京してきた。移り住んでまだ三ヶ月だが、たくさんの素晴らしい場所、人、そして景色と出会うことができた。その記録を残してくれたのは、四月になってすぐ東京で知り合ったユウ。ユウは携帯電話ではなくカメラで写真を撮る、アキはそういう人とはじめて出会った、ユウはいろんな写真をポストカードのように仕立ててアキに贈ることもあった。知らない空、知らない路地、知らない猫、知っているティーシャツ。

     日常を切り取る、ってよく言うけど、「世の中の人」が雑に切り取った端切れのほうを自分はカメラにおさめているんじゃないかな、とユウが大きな公園のなかで言う。アキは桜の小さな枝をバキリと折って、それを自分の膝下に乗せ、携帯電話で撮った。

     大通りや、そこから枝分かれしていて、小さな店が軒を連ねる「そとから来たひと向け」の道ではなく、「うちのひと向け」の道を歩くことをアキは覚えた。そういうところには、お菓子屋のような、喫茶店のような、雑貨屋のような、どれにも当てはまって、どれにも当てはまらない、ただ、いい匂いがこもり、いい光のともる、そういう小さな建物が待っている、ことがある。五月のきもちのいい日にたどり着いたその場所は、ギャラリーだった。そこで個展を開いていた十歳くらい年上のお姉さんと仲良くなった。「ここに展示しているのは日常の端切れなんですよね」と言ったら気に入ってくれた。足を踏み入れてくれたお礼として、自作品を印刷したポストカードや手作りのクッキーをもらった、今日来る予定だった友だちにあげる予定だったものだと、芸術家のお姉さんは言っていた。紅茶の香りがした、クッキーではなくその手触りのよい包装から。

     お姉さんが「小さい声を見ることを忘れないで」と言った。見る?

     大学が始まれば友だちグループができる、いつも昼食を食べたりいっしょに講義を受ける三人組がアキにもできた。そのうちのひとりが思い悩んでいた。高校からつづけているアルバイト、年上の恋人、アキは話を毎夜聞いてやった。アキは他人の悩みのなかで終わりなく泳ぐような運動を覚えた。誰かがプールの栓を抜くまで濡れておくしかない。まだそんなに仲良くないから何も意見しない、だけど夜に電話で声を聞いて昼に大学で顔を見るうち仲良くなる、仲良くなっても何も意見しない。大人だから。それを互いに感じとって楽しかった。いつの間にか解決のめどがたって、友だちはアキに大げさじゃない言い方で感謝を告げた。手紙をもらった。

     アキ自身にもやがて恋人ができた。その人は小説を書いていた、アキはそういう人とはじめて出会った。「そのとき〜〜と思った」とか「考えた」とか、丸カッコの中をセリフにしたり、そういう書き方を多用すると文章がつたなくなるんだよ、読んでいる人の想像の余地がなくなるからね、と教わったことがある。アキは、この人は自分の世界をちゃんと持っていてほんとうに素晴らしい人だと思った。

     ユウが六月の頭にライブハウスに連れて行ってくれた。ドリンクの仕組みがわからなくてユウが笑った、何時まであるの? と訊いたときも笑われた。ライブハウスを出たあと、臭い街で、ユウと、出演していたユウの友だちのバンドの男と餃子をたべた。そのバンドマンは、まあなんとなく好きっていうか聞きやすいのはこの人たちだったな、というグループのギタリストだったのでよかった。男とユウが自分の知らない固有名詞で盛り上がっている、自分だけ皿から餃子がリズムよく減っていって恥ずかしい。「思ったことを曲にしすぎるとつたなくなるんですよ」と何かの流れで言ったら、男はアキを気に入ってくれた、別れ際にデモテープを渡してくれた。

     六月がもうすぐ終わる。めずらしく晴れたから、洗濯物を外でしっかりと干さなければいけない。もうすぐ恋人がはじめて自分の部屋に入ってくるから、呆れられない程度に、少し片付けなくてはいけない。先週の誕生日にかばんをもらった。いつまでも中学生みたいなリュックを使っていてはだめだよ、と恋人は言う。かばんを使い始めたことをアピールするために、ふくらんだリュックを空にして、まだ新品じみているかばんに、物を詰めなければいけない。リュックのポケットからくたびれた小さい袋が出てきた、ギャラリーでもらったクッキーが粉々になっていた。アキは、毎日ポストに入ってくるちらしと、春にサークルの新歓でもらったちらしと、恋人の三十枚くらいの習作と、ユウや芸術家のお姉さんがくれたポストカードを、クッキーとまとめてゴミ箱にすてた。洗濯物が終わった音がした。カゴをベランダに持っていくとき、バキリと何かを踏んづけて割った音がした。バンドマンにもらったデモテープのケースだった。家に音楽を聴く機械はなかった。すてた。洗濯物を干し終わると実家から電話がきた。神奈川の親戚が、上京してきたアキを食事に招きたいらしいから、行ってきなと伝えられる。本棚の上にちょうど置かれてあった、友だちからもらった封も開けていない便箋の裏側に、親戚の住所を書いた。

     こっちでの生活はとってもたのしいよ、とアキは親に言った。

     約束していた時間より十分はやく恋人が家に来る。恋人は、意外ときれいにしてるね、などと言いながら、ふとオレンジ色のゴミ箱の中に目を向ける。小さなヘリコプターのおもちゃが、「カーペットコロコロ」の使用済みの紙に、毛やほこりといっしょにくっついている。それは、初めてふたりで出かけたときに昔ながらの駄菓子屋を見つけて、そこで買ったラムネ菓子のおまけだった。初めてあげるものだね、初めてもらうものだね、と、ふたりは帰り道にたくさん笑った。今、アキは笑っていない。恋人はアキの顔を初めて近くでじっと見ていて、アキは自分の顔を見る恋人の顔を見ていた。

     誰でも着ているような、特別ではない白いティーシャツが、ベランダでぴかぴかと光っている。

     

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