観光資源に乏しい村に現れた、〈海鮮が出土する穴〉をめぐる騒動。
山深いこの村にさしみ穴が現れたというニュースが届いたのは、四月下旬の金曜日のことである。
「スクダさんとこの息子が見つけたらしい。五六本杉に行く途中の道の脇にあるそうだ」
課長は村役場食堂特製のスープパスタを手早くすすりながら、ふふんと鼻を鳴らした。
「朗報だな。この村の救世主になるかもしれんぞ」
「えっ。それってどういうことですか」
隣に座っていた半井くんがどんぶりから顔を上げた。半井くんもまた食堂特製のスープスパゲティをすすっていたが、課長よりもぜんぜん食べるのが遅かった。それは彼が小食だからというのもあるし、スパゲティが餺飥ぐらい太いせいもある。村役場においてこのスパゲティを素早くすすれるのは、課長くらいのものなのだ。
「わからんのか」
課長はずするる、とスパゲティをすすると、また鼻を鳴らした。
「さしみ穴さえあれば、新鮮な刺身がいくらでも手に入る。海のないこの村でも海鮮丼が作れるようになる。この上ない観光資源になるではないか」
「あっそうか。そういうことですか」
半井くんは思わず箸でつかんでいたスパゲティをどんぶりの中に取り落とし、顔を輝かせた。トマトスープが跳ねて私の方に飛び、内心私は舌打ちする。
「それってすごく嬉しいですよ、ぼくは」
半井くんは喜んでいる。
「嬉しいです」
意味もなく繰り返すくらいだから本心なのだろう。
私は腹がたった。課長といい半井くんといい、ここには馬鹿しかいないのだ。
「どうでしょうね。別に海鮮丼なんてこの村には必要ないと思いますけど」
私は乱暴にうどんをすすった。うどんと言っても普通のものではなく、いぶりうどんというこの村独自の麺だ。乾麺のうどんを燻して作るから、独特の香りがある。
「だって私たち観光課はこれまでずっと、この村に元からあるモノで何とかしようとしてきたんですよ。取ってつけたように海鮮丼で売り出して、うまくいくわけないじゃないですか」
「だからって、そんなクサいうどんだけで観光客が来るわけないだろ」
課長はあっさり言い捨ててどんぶりのトマトスープを飲み干した。そうですよ、と半井くんも同調する。半井くんのどんぶりはまだ三分の一程度しか減っていない。
「どうしてお二人はいぶりうどんを食べないんですか?こんなにおいしいのに」
私は課長と半井くんに見せつけるようにしてうどんをすすってやった。椎茸でとっただし汁の味わいとともに、強烈かつ芳醇ないぶしのにおいが鼻腔をぬけていく。わりと強烈な風味だから、慣れるまでむせる人は多い。でも慣れればおいしいものだ。
おいしさアピールのためにうっとりと目を細めて咀嚼してみたが、二人の反応は冷え切ったものだった。
「物好きだな」
課長はポケットティッシュで口の周りのトマトスープを拭うと立ち上がった。いぶりうどんは仮にもこの村の名産物である。聞き捨てならんと思ったが、こんな男に何を言ったところで無駄だろう。
「お前ら二人、午後から暇だろう。さしみ穴の視察に行って来い。まだ何の海産物がとれるのかもよくわかってないからな」
「でも、二時から山菜祭りの反省会やるって話でしたよね」
「そんなもん後回しでいいよ。とにかくさしみ穴だ」
課長はいつになく上機嫌である。
「やっぱりイクラとかウニが採れるといいなあ。海鮮丼にしても船盛にしても華があるじゃないか。「わざわざ北海道に行かなくても美味しい海鮮が食べれます」とかどうだ。いいキャッチコピーだろう」
「いいですよ。とてもいいです」
半井くんと課長がまだ見ぬ海鮮丼の空想に浸っている横で、私はずるずると残りのいぶりうどんをすすっていた。
山の誇りを捨てた薄汚い人間どもめ。こいつらはいつもそうなのだ。観光課勤めのくせに、わが村が誇る名産品いぶりうどんをバカにして、得体のしれないスープパスタなどをすすっている。都会かぶれ丸出しで、地域振興のことなどまるで考えていない。
挙句の果てに、さしみ穴を観光資源にするだと?
そんなに海鮮が好きなら、イカソーメンをのどに詰まらせて死ねばいいのだ。あるいはイクラを盲腸に詰まらせて、虫垂炎に苦しめばいい。間抜けどもにはお似合いの末路だ。
苛立ちを抑えるために暗い妄想に耽っていた私は、勢いよくすすり込んだうどんにむせた。