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リトル・ビット・ワンダー1

  • 南3-4ホール | あ-18 (小説|SF)
  • りとる・びっと・わんだーいち
  • かわせひろし
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 128ページ
  • 800円
  • https://bccks.jp/bcck/166239/…
  • 2020/10/23(金)発行
  • 漫画と小説、SFショートショートの短編集! ちょっと怖いお話から、ドタバタコメディ、宇宙ロマン、切ないラブストーリーまで、幅広く取り揃えてお届けします。

    〈試し読み・究極の美食〉
     そのレストランは隠れ家的というよりも、隠れ家そのものだった。
     高さ千メートルに及ぶ重層都市。建物が構造の一部として積み重なり、立体的な生活空間を作っている。その居住エリアの一角に、小さなコミューターが止まった。降り立つ男性が二人。目の前の住宅は、まったく普通の家に見える。両隣と比べても、何も変わる所がない。扉が開き、女性が出てきて中に招き入れる。その服装も普段着で、本当に街中の家だ。
     ただ、一般の家としては広い応接間には、どっしりとしたテーブルがしつらえてあり、食のための空間であると感じられた。
     彼はこのようなレストランに来るのは初めてだった。
    「驚かれましたかな?」
     彼と向かい合わせの席に着いた初老の男が、その様子に、満足げな笑みを浮かべながら言った。
    「このような所でレストランが営業しているなんて、近所の住人も知らないでしょう。完全な会員制の店でしてな。一般には告知しておらず、会員の紹介がないと入れないのです」
     男の笑みは、自身がそのような特別な身分であることに、誇りを感じていることも示していた。
    「ここのジビエ料理は絶品なのですよ。慣れないあなたのような方にも、必ずご満足いただけると思います」
     ジビエ料理。野生の動物の肉を使った料理だ。彼は”もちろん”、食べるのは初めてだった。
     先ほど迎えに出た女性が、料理を運んでくる。まずは前菜だ。白いプレートの上に鮮やかに赤い薄切りの肉。
    「鹿のブレザオーラでございます」
    「塩漬けにして作る生ハムですよ。まずは一口どうぞ」
     男の勧めに、彼は恐る恐る一切れ口に運ぶ。
     初めての食感だ。しっとりと密度が高く、じわりと口の中に味が広がる。野生動物の肉と聞いてイメージしていた臭みはない。だが野性味あふれると言うのだろうか、普段口にする合成食料とは風味がだいぶ違う。
     塩と胡椒がずいぶん利いている。最近の食では、健康に配慮して、こんなに濃い塩味にはしない。だがそれは、肉の野趣あふれる味を引き立てて、今まで感じたことのない力強さを感じさせた。
     ごくりと飲み込む。食道を伝って、胃の中に落ちる。そこから体中に染み込む感じがする。体温がぐっと上がる。
    「どうですか?」
     男が興味津々といったていで、彼の顔を見つめる。
    「いや、これは……なんと言うか、おいしいです。単純な味ではなくて、何か複雑に絡み合う……うまく言えないのですけれど」
     男は我が意を得たりとばかりにうなずいた。
    「そうでしょう。普段の食とは全然違う。あちらは心地よい味ばかり追求していて、単調だ。こちらは臭みやらなにやらもすべてまとめ上げ、旨味に昇華している。それが本来の食ですよ。ただうまさを求めるのではない、命をいただくという、生命本来の活動なのです」
    「本来の食……」
    「次の皿は、命をいただくという意味では、とても分かりやすい品ですよ」
     また、給仕の女性が皿を運んできた。
    「ブータンノワール。血の腸詰です。下は芋のピュレ、お芋を裏ごししたものと、リンゴのコンポットゥ、砂糖で甘く煮たものです」
    「血の腸詰……?」
    「血液はまさに生命の象徴ですからな。生きていくための栄養素を運んでいる。さあ、どうぞ。これもうまいですよ」
     皿をじっと見つめる。血と言われると、やはりしりごみする気持ちになる。ソーセージは普通のものに比べ、かなりどす黒い色をしていて、これがまたグロテスクな印象だ。
     切り分けて、口へ運ぶ。
     驚いた。
     スパイスが効いていて、血生臭さは感じない。風味にくせはあるけれど、濃厚な味わいだ。こちらも塩気が強めだが、それと芋のピュレ、リンゴのコンポットゥの甘味が、いい具合に引き立てあっている。
     そして、先ほど感じた力強さ。この皿にはますますそれを感じる。体の中から湧き上がってくるようだ。
     命をいただくとは、こういうことなのか。
     夢中で味わう彼の姿に、向かいの男は目を細め、口角を上げて、うなずいていた。
    「さて次は少々、珍味の類ですな」
     テーブルの中央に置かれた皿には、大きな塊が載っていた。
    「普通の方なら驚かれるかもしれませんが、あなたはお仕事柄、そんなことはありませんかな?」
     男の言葉通り、彼はこれを見慣れていた。脳である。火を通されているが、丸ごとひとつ。とろりとしたソースがそえられている。
     彼は生体形成医師だった。再生医療で人体の器官を作り、手術を行う。男が彼の仕事について言及したのは、初対面の時の友人宅でのパーティで、男が彼の仕事に興味を示し会話が弾んだから。その流れで意気投合し、こうして食事に招かれたのだ。
     しかし、再生医療で脳を丸ごと作るということは、ほぼない。開頭手術もするが、取り出すなんてこともない。しかも目の前の脳は当然火を通され、調理されている。驚かないはずがない。
     しかし他の二人には慣れている光景なのだろう。給仕の女性は特に変わった様子もなく、大皿の脳を取り分け、二人の前に差し出した。
     程よく火を通された脳は、いわゆるレアの状態だ。断面はほんのりと桃色に色づき、扇情的ですらある。
     中はとろりと濃厚な、チーズのような……。
     その時、部屋に男性が入ってきた。
    「申し訳ございません。本日はここまでとさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
    「シェフ、それはどうしたことですか。何かトラブルですか?」
     向かいの男が驚いた様子でたずねる。
    「ええ。環境保護局の捜査が入りそうだ、という知らせが入ったのです。ここを撤収しないといけません」
    「なんと、それは残念だ」
    「本日の御代は結構でございます。ぜひ、またご来店くださいませ。その時には腕によりをかけ、本日の埋め合わせをさせていただきます」
     客の二人は裏口へと向かう。給仕の女性は、これも慣れた手付きでテーブルを片付け始めた。シェフに深く頭を下げられて、二人は送り出された。
    「いやあ、本当に残念です。せっかくのジビエ初体験が、中途半端に終わって申し訳ない」
    「いえ、それはいいのですが……あの、大丈夫なんでしょうか。環境保護局とか……」
     通りで捕まえた車の中で、彼は男にたずねた。
     現代では、食は科学技術の産物だ。人工的に合成されたアミノ酸やたんぱく質によって作られている。人口増による食料難と、それによる地球史上で例を見ないほどの速さで進む、人間による生物の大絶滅。これを解決する答えがそれだった。
     そして、それが普及することによって、逆に動物食は避けられるようになっていった。残忍なイメージがあるし、完全に成分がコントロールされた食事の方が、安全でおいしかったということもある。
     そして、自然保護の観点からも、野生生物の捕獲は違法となったのだ。
     彼の問いかけに、男はにこやかに答えた。
    「大丈夫ですよ。心配することはありません。こういう趣味にリスクは付きものですが、だからこそ、対策は万全でしてな。あなたも、こんな趣味が世にあるなんて、聞いたこともなかったでしょう。捕まることはありませんよ。あの家も、一時間後には、そこでジビエ料理を提供していたなんて微塵も感じさせないように、きれいに片付けられますよ」
    「そうですか」
     そんなに楽観して大丈夫なのかと不安がなくもなかったが、確かにニュースでこういう話が流れることはない。懸念が少しは和らいで、彼は胸をなでおろした。
    「途中で終わってしまいましたが、どうでしたか、命の味は」
     そんな彼の顔を覗き込むようにして、男はたずねてきた。
    「ええ、はい……。そうですね、なんと言いますか……。不思議な体験でした。味で言えば、今ではどんな味でも合成できますし、食感も思いのままにコントロールできますが、それとは、何か違う……。力がわいてくると言いますか、あなたの言う、命をいただくという感覚が、分かるような気がします」
    「そうでしょう、そうでしょう」
     男は深く、いくどもうなずいた。
    「今の食事は自然からかけ離れていますからな。快楽原則に支配され、本来の意味を失っている。命を奪うことが残酷だなどと言うが、本来、弱肉強食、自分以外はすべて餌なのが自然の姿ですよ。人工合成食料が作れるようになったのだから、動物の命を奪うのは避けるべきなどと、そうして作られたタブーが、世界を歪ませていくのです」
     しゃべりながら、男はだんだんと興奮し、身を乗り出してきた。身振りも大きくなる。
    「殺すのはかわいそうだなどと言いながら、その生活環境を自分の経済活動が破壊していることには気づきもしない。環境保護といっても結果は限定的で、絶滅していくことには変わりはない。節度を持って利用することが、むしろ保全に繋がるのです。私の趣味は当世では後ろ指を差されるようなものですが、間違ったことはしておらんと思っています。本能から来る欲望を否定することなく、それをうまくコントロールして付き合う。それが自然な人間のあり方ですよ」

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