おれの苦しみを否定しないでくれ。
お前が考えすぎなだけだ。
贅沢な悩みだ。
そう言われるかもしれない。
でもその声が、おれの口を閉ざす。
感情を押し込める。
外に出せなくなる。
外に出せないから、なかったことにされる。
されてしまう。
やめてくれ。
なかったことにしないでくれ。
——子どもから見た親子関係をテーマに、親に分かってもらえない苦しみや葛藤を綴った短編集。
【収録内容】
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『プロローグ』(書き下ろし)
※全文公開中!分かってほしくて、なんとかしたくて、もがいて。
そうやって苦しんだら、いつか解決するんだろうか。
きっとおれには何かが足りていない。
でも何が足りないのか分からない。
ただ、この苦しみをなんとかしたい。
ここではないどこかに行きたい。
『男の顔』 だって、笑顔だけがおれを守る術だったんだから。
曖昧に滲んだ男が、おれを見つめている。
光のない目が、おれの奥の奥まで裸にする。
嘘つきめ。
猫を被っただけの意地汚い人間め。
そう目が訴えている。
そんなことを言われたって、おれを受け入れなかったのはお前たちだろうが。
お前たちがおれの気持ちを無視してきたから、おれは諦めたのに。
『幸せなひと』(書き下ろし)
幸せなのだ。
幸せだと思わなければいけない。
私は恵まれている。
なのにどうして、こんなに泣きたくなるんだろう。
あんたはなんも覚えてない。
そう言われる私でも、覚えているものはある。
記憶の断片。
透明のビニールバッグ。
買ってもらえたのが嬉しくて、電車の中でずっと抱きしめていた。
鞄の表面に水色の魚が泳いでいた。
その魚を何度も指先で撫でたことも、そんな私をお母さんが優しく見つめてくれていたことも、私はちゃんと覚えている。
『人の声とは違う響きで』
あなたのことを思って言っている。
そう言って私をコントロールしようとしてくる人たちは、他人だけじゃない。
『あの冬の日』 何が正しくて、どうするのが正解なのか分からなかった。
兄ちゃんの目が怖かった。
親父に殴られるのも怖かった。
「ミチルも来るか? ミチルとだったら、一緒に生きてもいい」
兄ちゃんはまっすぐおれを見た。
その目は深い海の底みたいで、大きな不安がおれを襲った。
おれは首を縦に振れなかった。
『会えない私たち』
——私、お母さんになっちゃいけなかったのかも。
お母さんの口癖。
何度聞いたか分からないその言葉。
お母さんがそうこぼすたびに、私はなんて言ったらいいのか分からなかった。
『今日も明日も』 煙が鼻先まで届く。
ぐ、と息を止めて微笑むと、お母さんは満足そうにまた煙草を吸った。
お母さんには友達があまりいない。
数少ない友達には、愚痴を言いづらいのだろう。
だから仕方ない。
私が聞いてあげるしかない。
あんたしか話せる人がいないんだから。
そう言われると、どうしても断れない。
『埋葬』
おれと自転車が砂に埋もれていくところを想像した。
風がおれたちに砂をかけて、身体が少しずつ埋まっていく。
そうして何もかも消してしまえたら、どんなにいいだろう。
『私の世界』(書き下ろし)
お母さんはまだ、私のことを「お金をかけても無駄じゃない人間」だと思っている。
私の欲しいものはいつも、お母さんにとっては意味のないものだった。
ボタンを押したら光るおもちゃも、お祭りで売っている指輪も。
ゴミになるだけ。
お金の無駄。
そう言って買ってくれなかった。
例えばもし、お祭りの屋台で見かけたあの指輪を、私の指にはめることができていたら。
赤いハートが指で光っているだけで、それだけで、私の心は満たされたのに。
そこにあるだけで、幸せを感じられたのに。