別れ去りゆく/椿
婚約したの、とふたりに言うと目を見開かれた。あの男と、本気なの、と声に出すまでもなく牡丹は深く眉をひそめていた。花梨はいつもより眉を下げて、困った顔をしていた。署名するように左手薬指の指輪を見せるとより一層、不安げな空気に包まれた
すべての物事は一とニと三で出来ている/花梨
昔からいつも、眠たそうだねと呆れられた。眠いだけでなく、危うかった。母は今でも正月の集いで、ベランダの空調機によじ登り、中空に手を伸ばして、転落しかけていたときのことを話す。あなたは昔からふらふらして危うい、が母の決まり文句だった。空調機の天板から手をのばしたのは、それが水色のやわらかな、果てのない寝床に思えたからだろうか。
十六歳/牡丹
涼馬が誕生日をお祝いしてくれることになったので今日は晩ごはんいらないって伝えると椿ちゃんはしばらく黙ったままトーストを食べてて、経験上これは不機嫌になってるときの間だなって思ってたら「ふーんべつにいいけど」とか、ちっともよくなさそうな声で助走つけたあと「高校生になったし彼氏選ぶよね」なんて目もあわせずにつめたく言うもんだからあたしはなんかすっごくむかついて、向かいの花梨ちゃんもまたはじまったなあみたいな眠そうなまなざしで見てくることにもけっこうむかついて、もういいケーキもいらない食べてくるからって思わず言っちゃう。
「あたしたちさ、ぜったい長生きしようね」
「三つ子の魂百までとか言わないでよ」
「人生をかけた一発芸だねえ」
イラスト:庄司理子
デザイン:瀬戸千歳
書影はオビ付きのものです。
内容は変更になる場合があります。
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