こちらのアイテムは2024/5/19(日)開催・文学フリマ東京38にて入手できます。
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27年前の私に送る秋田の詩たち

  • 第二展示場 Fホール | し-53〜54 (詩歌|俳句・短歌・川柳)
  • にじゅうななねんまえのわたしにおくるあきたのうたたち
  • 鈴木 諭
  • 2,000円

  • 新作アルバム『27年前の私に送る秋田の詩たち。』を完成させました。
    私は私の中に一番重要な創作の種、もしくは私が創作する理由にあたるもの、がある事にずっと気付いていませんでした。目を背けていたのかも知れません。
    何事においても、触れないでおくのが一番楽です。
    ですが、昨年二月に無善寺に行ってから色んな人の色んな表現に触れて、私も私と向き合わなければいけないと思うようになりました。
    目を瞑っていてはいけないと思うようになりました。
    私は、私の家族の事で曲を書くようになりました。書くようになったというよりも、頭に浮かんでくるようになったというのが正しいかも知れません。
    或る日の事です。
    私は電車に乗っていました。 何故だか分かりませんが、"私は婆さんの死を知らない"という言葉が湧くように脳内に現れました。
    途端に、色んな記憶が浮かんで来ました。思い出すのも辛い事ばかりです。
    私は電車の中で一人ボロボロ泣きながら、頭に出てくる事を一心不乱に書き留めました。
    気付けば降りる駅も過ぎていて、兎に角最初から最後まで脳に傷がつく勢いで書いてました。
    何故でしょう。私が婆さんの死を知らないのは。
    考えて欲しいのです。理由を。 私と一緒に。
    その為の音源なのです。 私が婆さんの死を知らないのは、今後も永久に変わらない事実です。
    実感として、私の中で婆さんは今も死んで無いのです。
    死んだ姿を直に見ていないから。 最後に見たときは動いていて、気づいたら写真の中の人でした。
    婆さんの死を取り巻く事象は全て家族からの伝聞であり、私は何も見ていません。
    私が、私自身でしかと認められる事は"婆さんの死を知らない"事だけなのです。
    何の為にこんな事を歌っているのだろうか、そんな事をよく考えます。
    たぶん私は、私の為にしか歌っていません。 そしてこれからも、私の為にしか歌いません。
    それでも、私の曲を聴いてくれる人がいるならば、私は生きてて良かったと思うのです。
    この曲を作れて良かった。 この詩を書けて良かったと、心から思うのです。
    【曲目】 1.空っぽの青い犬小屋 2.じゅんさいになった猫 3.説話、カマキリの卵は決して虫籠に入れて持って帰ってはいけない 4.生も死も畦道の上 5.夜と和解 6.海を渡りたかっただけなのです。 7.友川カズキを聴きにゆく 8.ささらの夜 9.長面三兄弟が忘れられた日 10.遠い昔の冬の空 11.月曜日の雪を知っている 12.たった一つだけの記憶 13.私は婆さんの死を知らない 14.筋子と味噌 15.明日の準備

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