こちらのアイテムは2023/11/11(土)開催・文学フリマ東京37にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京37公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

満腹街道 練馬・江古田・新桜台のごはんどころ編

  • 第一展示場 | C-15 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
  • まんぷくかいどう ねりま・えこだ・しんさくらだいのごはんどころへん
  • まんぷくたぬき
  • 書籍|A5
  • 700円
  • 2023/11/11(土)発行
  • ★新刊書き下ろしです

    食べることが大好きな練馬区在住31歳女性がもぐもぐ食べて満腹になる、食事エッセイです。
    ・期間限定「大人様」ランチを食べる話
    ・街のとんかつ屋さんでの験担ぎ
    ・区役所職員食堂でやる気をもらう話
    などなど、エッセイ6本収録。

    ========================

    突然ですが皆様は、空腹で元気がなく、美味しいごはんにありつきたい日に、どんなお店を選びますか?ラーメン屋さんでしょうか。それとも居酒屋さんでしょうか。お鮨屋さんやファミリーレストラン、ファストフード……などなど、無限の選択肢がありますが、「元気をもらいたいときのごはん」はきっとそれぞれとっておきの「心のお店」がいくつかあることと思います。

    わたしは元気をもらいたいとき、昼ごはんでも晩ごはんでも、定食屋さんや洋食屋さんをよく利用します。このジャンルのお店が大好きです。しかし、恥ずかしながらわたしは、その魅力に気がつくのには結構な時間がかかりました。序章にかえて、その魅力に気がついたときのちょっとした昔話をします。

     それは、わたしが十八歳で上京して一年目の頃でした。上京したての数ヶ月は、見るものすべてが新鮮で毎日が刺激的で忙しく、新しい環境での初めての一人暮らしだったものの、寂しさを感じることはほとんどありませんでした。
    しかしその年の冬。すっかり新しい環境には慣れてきたはずなのに、夕方日が落ちるのが早くなってきた街を一人歩いていてふと思いました。
    「いま、お母さんのご飯が食べたい」と。

    一度この思いがよぎってからは、急にホームシックになってきてしまいました。冬期の試験期間中のため、すぐには実家に帰れません。どうしよう、今日はなにを食べたら満たされるのだろうと、食べることが好きなはずなのに、不意に路頭に迷ってしまった気持ちでした。

    そういえばと最近の食事を思い返してみると、節約と自炊の簡易化の為、納豆ご飯だったり、余り物の野菜をのせた丼ぶりだったり、安くて早くてすぐに食べられる一品を作って食べている事に気が付きました。貧乏学生だったので、昼食も学食で食べることは少なく、コンビニで買ったおにぎりを講義室で食べることで済ませるなどしていました。
    でも、今日はそれじゃ満たされない。誰かの手でつくられた、何品かがテーブルにのったごはんが食べたい。いや、ただのごはんとじゃなくて、「食卓」が恋しい。

    ここまで考えて、「そうか、こういうときに定食屋さんというものがあるのでは」という考えに至りました。そして学校近くの定食屋さんの前で、「冬季限定カキフライ定食始めました!」という張り紙を見つけました。

    いままで何度もこのお店の前を通っていたのに、一度も入ったことがありませんでした。当時を振り返ってみれば、単に学生同士での飲み会やお茶会を常に優先したために、一人で食事をする時間をすごく粗末に扱っていたのだと思います。

    早速お店に入ると、「いらっしゃいませ!お一人様ですね、どうぞどうぞ!」と元気に迎えてもらえました。お店には一人で来た人がたくさんいて、それだけですごくホッとしたのを覚えています。

    夕方に入り、ちょっと薄暗くなり始めた店内。実家でよく父が見ていた夕方のニュース番組が、お店のテレビに映っていて、それを誰かが集中して見ているわけでもない、雑多な雰囲気。厨房から聞こえる、カチャカチャ、トントンといったにぎやかな音。

    当時、外食といえば友人と行く居酒屋かカフェばかりだったわたしは、厨房の音やテレビの音を聞いて、なんだか懐かしい気持ちになりました。まだ何も食べていないのに心がほぐれたことをよく覚えています。そしてもちろん、注文して間もなく出てきたカキフライ定食が、とても美味しかったことも。
    メインのカキフライだけではなく、キャベツのサラダと味噌汁に、ちょっとした小鉢がついてきました。居酒屋とは違って、頼んだ料理単品だけがくるのではなく、細かく指定しなくてもセットで一度に複数の品が出てくるのが定食です。今思い返せば、それはなんてことない「普通の定食」ではありますが、当時はそれらが一気に運ばれてきたことに、わあっと内心声をあげ、しばらくこのお皿たちがのったテーブルにうっとり見惚れてしまいました。

    どこからどうやって食べようか、と自分の欲求と丁寧に対話をするのは、まるで登山のルートを計画するかのようでした。バランスよくおかずを食べて最後まで着実に味わえるように、一食と向き合ってカキフライ定食をいただきました。
    その行為はなんだか、自分のことを自分で労わるような、自分にちゃんと時間をかけて水やりをしてあげているような、なんとも優しい時間でした。

    実家では昨日の残り物やお弁当の余りも含めて、複数の品がテーブルに並ぶことを見慣れてなんとも思っていなかったけれど、「一食と向き合う」というのはこんなに大切な時間だったのかと気付かされました。もちろん味の美味しさもさることながら、いままで自分の食事内容をあまり顧みていなかったことが悔しかったです。

    でも、そんな素敵な時間の過ごし方に気がつけたことが嬉しくて、そしてそんな素敵な定食屋さんを見つけたことも、また嬉しくて、お店を出てすぐ母に、「なんか、実家に帰ったみたいなごはんが東京のお店で食べられたよ!」と思わず電話してしまいました。

    それからわたしにとって、定食屋さんや洋食屋さんといったごはんどころは、心の大切な充電場所になりました。就職活動中のここ一番の面接前も、なんてことはないけれど少し自炊に飽きたなという日も、どんな時もごはんどころでは、「目の前の温かいごはんのことをどうやって美味しくいただくか」ということだけに集中できる、幸せな時間をくれました。

     このエピソードが、わたしが定食屋さんや洋食屋さんにハマったきっかけです。そしてこの本は、そんな「一食の儚い思い出」をなんとか言語化し、本というタッパーに閉じ込めようと試みて制作されました。
    楽しかった食の思い出を、あとから好きなときに、タッパーを開けるように味わいたいという自己満足的な動機から、満腹街道シリーズを作ることに決めたのです。

    本誌はなんのガイドマップでもありませんが、この本を読んだことで少しでもこのエリアに興味をもち、いつか足を運んでいただけたら嬉しく思います。居酒屋が好きな方は、ぜひ同エリアの「酒場編」もご覧ください。

     なんだか前置きが長くなりましたが、この本は毎回書き手である「わたし」が毎食満腹になって食事を終えるまでの、気楽なエッセイ集となっております。
    どうぞ足をくずして、次のページからはじまるわたしの食事に、飲み物片手に付き合っていただくくらいの心地でお読みくだされば幸いです。(「はじめに」より)

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