『風切りの春雷』騎士団と共に、魔術師達から逃げるパウ。グレゴを彼らよりも先に見つけ出し、ミラーカに食わせようと計画するが、そこに『掃除屋』の魔手が迫る。
長編ダークファンタジー小説、第三巻。六章・七章を収録。
表紙イラスト:星灯れぬ様
※この小説はweb再録小説です。 収録されている物語自体はweb上で最初から終わりまで読むことができます。
======小説冒頭サンプル======
鉄色の卵と言うべきか、蕾と言うべきか。はたまた蛹か。
人よりも巨大なそれが立ち並ぶ中、かつかつと足音が響いていた。それから紙をめくる音と、ペンを走らせる音。果てに溜息。
「……異常はなさそうだけど、面白そうなこともナシってところだなぁ」
緑がかった金髪の男が、鉄色の卵一つに触れ、魔力で中身を確認していた。
「順調っちゃあ順調だけど、停滞は停滞……あぁ~俺も天才クンだったらなぁ……」
手にした書類に、異常も変化もなしと記して、次へ向かう。その足取りは、すでに期待外れに遅くなっていた。
「ウィクトル、またやってるの?」
まだ幼さを残した声がする。
「また失敗するに決まってる」
「俺は違うと思うね、今度は何か、面白いことが起こると思うぜ!」
よく似た声。しかし女と男だと違いがわかる。
ウィクトルと呼ばれた魔術師の男は、振り返れば、腕を広げた。
「ゼクンの言う通り! 今度は何かきっと面白いことが起こると思うよ! なんていったって、今度の材料はただの人間じゃない――デューの魔術師達だぞ!」
そう、先にいた赤毛の双子に笑みを向けたものの、自らが書類に記した文字は退屈に黒々としていて、ウィクトルの笑みは引きつる。
――期待したのだ。不老不死の研究の材料として使えたのは、これまでは普通の人間だけ。だが今回はデューの魔術師達……特別いい魔術師達ではないものの、非魔術師と魔術師、大きな違いがある。
また、不老不死を手に入れる――完全な存在への道を見つけ、最終的に自分達がそこを歩くとしたのなら、実験に使うのは同じ魔術師である方がいい。同じ魔術師といっても、かび臭い思想を持つ彼らであるが。
これまでに魔術師を材料とする、実験体とすることは、目立つ可能性があるために控えられていたことだった。しかしいまでは話が違う。もう『遠き日の霜』は隠れている必要はない。そしてデュー制圧時に「新しい材料」は大量に仕入れられた。
かくして、不老不死へ至る道、及びグレゴとその進化について研究するウィクトルは、デューにある豊富な魔法設備が使えることもあって、意気揚々と実験を始めたのだが。
「どうせ失敗して、死ぬか芋虫か」
赤毛の双子の片割れ、少女が淡々と言う。対してもう片方、少年の方が、
「ゼナイダはひどいなぁ……俺はウィクトルのこと、応援してるぜ。ていうか、頑張ってそいつら生け捕りにしたんだぞ、結構大変だったんだから、どうにか結果を出してほしいなぁ……芋虫になったとしても、蠅化や蝶化に繋がる成果を出してくれよ!」
「ううぅ……頑張るよ……」
しかし「完全なる存在への道」の一つとして『遠き日の霜』は不老不死研究を長年行ってきたが、その間に大きな結果や劇的な変化というものは、得られずにいたのだ。
最近に起きた、一つの例を除いて。
いや、正しくは二つの例か、とウィクトルは考え直す。
蠅化。蝶化。そして脳裏に浮かぶは、自分と同じ年代の、ある若い魔術師。
「……才能ないのがわかってるから、別に悔しくはないけど、でも本当にどうやったら、あれこれそうなるんだか」
ウィクトルは次の鉄色の触れると、魔力を用いて中を見ていく。中にいるものが、どのような変化をしているのか。幾重にもかけた魔法がどのように絡み合っているのか。
「どう? 失敗してる?」
「面白いことは?」
「死んでる? 芋虫?」
「人間の形してるか? それとも新しい姿か?」
左右に並ぶ双子が、賭け事でもしているかのように、銀色の瞳を輝かせている。
そこへ、新たに二人分の足音が、響いてくる。
「――こら、あなた達、ウィクトルの邪魔をしてはいけませんよ」
女の声がして、赤毛の双子がはっと振り返る。二人の声が綺麗に重なり一つとなる。
「お母さま!」
眼鏡をかけた薄茶色の髪の女――トリーツェン。微笑みながら歩いて来れば、赤毛の双子はぴょんとその前に出て並ぶ。
トリーツェンの隣には、黒い髪を緩く結んだ男が一人。床に張り巡らされた魔法陣の輝きと室内の照明に、その黒髪は濃い紫色を帯びる。鋭い目を持つ彼は、しかし柔和に微笑んだ。
「いまは仕事がないから、二人は暇で仕方がないのだろう、いいじゃないか」
彼の名はプラシド。鉄色から手を放したウィクトルが目を開ける。
「トリーツェン様、プラシド様、どうも! ……お二人がここに来たということは、何かありましたか?」
「わたくしは子供達に用事がありましたの」
先に答えたのはトリーツェン。赤毛の双子がより前に出て、彼女を見上げる。
「お母さま、新しい仕事でしょうか?」
双子の重なる声は、喜々に満ちて「お母さま」からの指示を待つ。と、ゼクンが、
「あっ、俺達、ウィクトルの邪魔をしていたわけじゃないですよ!」
「ウィクトルの失敗を待っていただけ」
「ウィクトルの成功を待っていただけ!」
二人の後ろでウィクトルがやれやれと頭をかいていた。トリーツェンは声を漏らして笑えば、わずかに屈んで双子と目線を合わせた。
「わたくしの可愛い『掃除屋』さん、そして『仕入屋』さん、お仕事の時間ですよ……まずは『掃除屋』さん、あなたには『赤の花弁』地方に向かってもらいますよ」
「『赤の花弁』地方ですか? 標的は何でしょうか?」
双子の片割れの少女、ゼナイダが首を傾げる。
「今回片付けてもらいたいのは騎士団です……『風切りの春雷』騎士団ですよ」
「――ああ、あの、用済み達ですか」
銀色の瞳がぎらりと輝く。トリーツェンは続けた。
「そう、用済みだから、お片付けしてほしいの……でもね、ゼナイダ、全員お片付けしては困ることがありましてね……パウ、という魔術師は、殺さずここに連れてきてほしいの。彼と一緒にいる青い蝶も……うっかり殺してはいけませんよ」