怪奇に侵食される世界で普通の恋愛がしたかった女の子。ちょっとグロいです。
叶(かなえ )は青い薔薇(タンザナイト )のような瞳に出会った。
怨嗟と未練を煮詰めたような濁りきった感情が眼差しに浮き出ていて、煮詰めすぎた想念は却って澄み渡る物だと初めて知った。
怜悧な剃刀(ナイフ)のようだ。
亡霊さながら髪を振り乱して、あらぬ方向にねじ曲がった首をがたがたと揺らして、ふらつく体を四つん這いで支えながらも彼の殺意は澄み切っていた。
流血はなく、痛みによる苦痛もなく。ただ首だけが不自然に、冬の枯れ木のようにぱきりと折れていた。
それでもその男は生きていて。魚のようにぱくぱくと口を動かして何かを叶に伝えようとしていた。
首の折れた男が焦れたように叶に手を伸ばす。それが恐ろしい怪物の鉤爪に思えて、叶は思わず一歩後ろに下がった。
これは、なんだろう。
生き物のように見える。人に近い何かに見える。だけど人は頸椎をぽっきりと折られて生きてはいられない。
だから何か別の生き物なのだろうと叶は思った。
汚れ一つないスーツとは裏腹に、その下のシャツは夥しい血で濡れていた。赤い絵の具を胴体で押し潰してしまったかのような巨大なシミと飛沫痕。それは返り血だと叶はどこかで理解出来てしまった。一人分ではない。何人もの血を吸った白いワイシャツ。まだこの化け物じみた男は犠牲者を求めている。
ぱくぱくと無意味に動いていた男の口が、不意ににたり、と笑った。裂けた口元から亀裂が顔面に広がっていき、ぐるりと人の皮が剥げる。人間の皮膚はこんなにも簡単に剥けるらしい。みかんの皮のように八つ切りに開いた男の顔の下に臓物はなく、代わりに真っ黒い空洞が見えた。
どくり、と心臓が脈打つように黒洞が蠢く。首から下は人の形を保ったまま、頭部だけが人皮で出来た肌色の造花に成り代わっている。ぎょろり、と人皮花の奥で青い輝きが二つ、瞬いた。
こんなになってもまだ、男の瞳は美しい。奇跡と神秘のタンザナイト。瑠璃より深く、藍より甘く。きらりきらりと色味を移り変わらせながら、人皮花の最奥に青く鎮座している。
強い柑橘の香りが漂った。甘さよりも酸っぱさが勝って、腹の中からせり上がってくる胃液を思わせる。まるで出来損ないの花の蜜だ。
そうだ、言うなれば出来損ないだ。この男は花になろうとして出来損なったのだろう。野に咲く可憐な花になろうとして、それで顔を剥いで、服は綺麗に整えて。心の奥底でその行為に虚しさを覚えながら。それでも歪な憧れを捨てられないまま。
そうして成り果てた化け物のような姿が今の彼だ。
そんな悲しい物語を叶はどこかで読んだ事がある気がした。それが本当に目の前の男の事かは分からなかったが、希望への執着にどろりと濁った双眸を見ていると、まるで本当の事のように思えてくる。
だけど、まあ。どうでも良い事か。
じりじりと這い寄ってくる男の手から逃げ出すことを早々に叶は諦めた。どうせ遅かれ早かれの話だった。2年前に従弟(カナデ )が視えなくなってから、ずっと死については考えていた。低温で長い間ふつふつと煮込まれるような、気が遠くなる時間の中、ずっと、鼻先を腐臭がくすぐっていたからだ。腐した肉の、ツンと鼻腔を痛みのように刺激する何とも言えないあの香り。
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