2005年講談社X文庫新人賞受賞作品。
当時の新レーベル(F文庫)からの出版予定が、レーベル廃刊に伴い文庫デビューが白紙に戻る。
いつかどこかの出版社から出版しようとお蔵入りにしていたけれど、近年、愛奈作品を紙書籍で読みたいとのお声が途切れないので、13年振りに大幅加筆をして2018年8月のコミティア125で頒布。
【あらすじ】
クラスメイトから距離を置く宝。
放っておけない透。
そして、親友の綾。
『こんな気分の時こそ、スコールに遭遇したいんだけどな……』
南国・シンガポールの日本人学校中学部を舞台に、淡い恋心と友情に揺れ動く思春期の心情を、さわやかな筆致で描いたティーンズ・ノベル!
初版は完売。
再販分も残りわずか。
【立ち読み】
ガチャン!とテーブルが叩かれる音がした。
「だから余計なお世話だって言ってるでしょっ!」
周囲が何事かと注目してしまったくらいの大きな声で、椅子から立ち上がった宝は透の言葉を遮るように一喝した。
透は驚きとカメラがグラッとなったことへの怒りを抑えるような様子で宝に返す。
「…………なんでさっきからそう人の言葉をぶったぎっ……」
「ぶったぎるのは透の得意技でしょ!」
「はあ?得意技って何だよ?オレはぶったぎった挙句、そんな、いきなり大声出して怒鳴ったり――」
「えらそーにしないでよっ」
「偉そう?オレが何したってんだよっ!」
さすがに透もカチンときたらしく、カメラは椅子の方へ避けながらも、がん、とテーブルの板面を叩きながら宝に負けず劣らずの大声で言い返した。
売り言葉に買い言葉のやり取りが始まった。
「えらそーに説教たれてたでしょうがっ!」
「説教なんかじゃねーよ!」
「だったら何、哀れみ?」
「だから、どうしてそうひねくれた感じで噛みついてくるんだよ!少しくらい綾以外のヤツの話にも耳傾けろよ!」
「だからそれが余計なお世話だって言ってんの!いちいち綾の名前出さないでよ!彼女は関係ないでしょ!」
「関係なくねーだろ!」
「関係ないでしょ!それともなに?綾に頼まれたからわざわざこんなところに出向いてきたわけ?」
「そんなんじゃねーよ!それこそ、綾は関係ねぇ!」
「だったら――」
「Hey!(はいはい) 小子!(少年) Chicken Rice?(チキン・ライス)」
「……」
「……」
宝と透は、睨み合いと怒鳴り合いの中に割って入ってきた陽気な女性の声に虚をつかれた。
二人とも数秒遅れで声のした方を向くと、そこに立っていたのは、宝に注文を取りにきたオバチャンだった。
言葉の意味は解らなくても外国人が(それが子供であれ)怒鳴り合いをしていれば、とばっちりを恐れて近寄りがたいと思うのだが……彼女は笑顔でチキンライスを勧めに来ていた。
「S$3(3ドルだけど)」
「……Sorry(すみません)」
透は女性に言った。ここがキャンティーンという公共の場であったことを思い明日透は、怒鳴り合いを繰り広げてしまったことにばつの悪い思いをしていた。
ついでに、長居してる場合でもないことを思い出し、時計を見た。
「I have no time……(時間がないもんで……)」
「OK(そう)。See you(またね)」
女性(オバチャン)はそう言ってあっさりと宝たちのテーブルから去った。
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