高校3年間を費やして書いた小説を出します。四季の自然描写、男女のこころのうつろいが魅力です。
以下に、この小説の紹介代わりに、私の執筆したnoteの記事を掲示します。熱意が伝わってくだされば幸いです。
ーーーーーーーーーーーーーーー
書いてある文章を読むことで救われるだけでなく、書くこと自体で救われることもある。以前に少し書いたが、私は高校3年間を費やして、ひとつの小説を書いた。
四季折々の自然のうつろいと、それに合わせて成長していく男女を、文体を変えながら描写していく作品だ。
高校一年の春、桜が散り、新しくできた友達同士で花見に行く人を側目に、私は小説を書いていた。
高校二年の夏、友人に彼女ができたという報告に興味も示さず、私は小説を書いていた。
高校三年の秋、受験勉強一色のなか、図書館に入り浸って本ばかり読んで、私は小説を書いていた。
ひとつの小説を、たったひとつの物語を、書き続けていた。いわゆる貴重な高校生活を賭して、小説を書いた。
書くしかなかった。今この時に感じた、四季の美しさを、こころの機微を、短い人生で得た哲学を、ここに収めねば、私が忘れてしまったらその時の私がいなくなってしまうような気がしたのだ。
ときを経てその小説を読み返すと、書いていた時の景色やにおいまでもが思い返される。校庭一面、雪が積もっていた日、外に出ているものは私だけだった。雪の白さ、冷たさ、一面の雪景色、あの光景がよみがえるのだった。制服のまま雪のなかに倒れこみ、ほほにふれる雪の冷たさを思い出せる。驚くしかなかった。
その文章を今はどうやっても書けないだろう。だから創作活動は面白い。伝えたいことを伝えられるのは「今」しかない。残すことができるのも「今」しかない。この時の経験があるからこそ、個人でnoteやSNSで発信するモチベーションになっている。過去の言葉に救われている。
誰がこんなもの読むんだ?と思う日もある。だが、あの時のわたしならこういうだろう。
「俺のために書け」
この思いを胸に、これからも書き続けたい。
ーーーーーーーーーーーーーーー
村落よりも小高い神社に住む黒髪の少女と、村落に住む金髪の少年。ふたりは共に成長し、愛し合い、そして共に老いる。ふたりは人生の最後に何を見るのだろうか。
溜め息、それは、ぱっ、と現れ、ぽっ、と消える、綺麗な姿ーー