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『Alt + コンクリートジャングルの原住民』

  • サ-15 (小説|その他)
  • こんくりーとじゃんぐるのげんじゅうみん
  • 『Alt + 』
  • 書籍|B6
  • 244ページ
  • 700円
  • 『Alt + コンクリートジャングルの原住民』には小説4作品、詩3作品、エッセイ1作品が載っています。

    以下、各作品紹介となります。


    ① 【小説】『ペンデンスの花』

    「自分でなければいけなかったものなんて何もない」

    高樹は、自殺した親友について想いを馳せながら様々な人と出会う。

    私たちは互いを比較し、比較されながら自分をサンプル商品のように提示する――。

    一時期話題になった宇野なずき氏の「誰ひとりきみの代わりはいないけど上位互換が出回っている」という詩に対する一つの回答。

    【試し読み】https://twitter.com/Altplus_bungaku/status/1462023801894547458

     ② 【詩】『トポフィリア(亜細亜)、null、白い腿はあなたですか』

    都会の風景は乾いている。ノスタルジーは水のイメージを纏って、トポフィリアとして現れる。回帰する場所を見失った人々は水を求めさまよいながら、決定的に満たされてない渇水状態を生きる。

    ③ 【小説】“タイトルも著者名もない小説”

    男は自殺寸前の人間に対して語り続ける。

    この小説は全文が男の語りで成り立っている。語りかけられている人間は、一切喋らないし動かない。ただひたすらに、とある男の語りが延々と続く。

    男の語るエピソードそれ自体はどうしようもなく悲惨と言えるものだが、その語り口には生きるためのユーモアがある。

    現代はリスクマネジメントという欲望の時代だ。人はリスクをマネジメントして管理下に置こうとする。だが、マネジメントできないリスクに対しては神経症とも言える不安を抱える。

    リスクや暴力を否定し避けるあまり、現代人はそれらがもたらす不安や恐怖に抗い生きるためのユーモアを忘れてしまった。日本という比較的治安とセキュリティが整っているとされる国においても自殺者は後を絶えない。

    恐怖と不安の中を生きるためのユーモアがこの小説にはある。生きるためのユーモアを忘れてしまった全ての人へ。

    【試し読み版】https://twitter.com/Altplus_bungaku/status/1462059696286625797

    ④ 【小説】『降る』

    「砂」が降り始め、生き物たちが衰弱する世界。 原因不明の「砂」は不安の記憶そのものだ。しかし、降り積もる不安の記憶は果たして未来永劫不安の記憶なのだろうか。

    コロナ禍の現代、人々は間違いなく今は混迷の時代にあると言うだろう。

    我々はどうしようもなく歴史の中に生きてしまっている。

    しかし、そもそも時代を生きるとはどういうことか。

    この小説が我々に問いかけるのはそれだ。

    たとえば、その時は良い出来事だと思っても、後になってやっぱり悪い出来事だったと思うこともあれば、その瞬間は最悪の出来事だと思えても、振り返ってみれば良いことに思えることもある。

    その場合、その出来事の本質はどちらにあるのだろうか。その瞬間瞬間に思ったことが正しいのか、未来の地点からの回想された時の判断が正しいのだろうか。もし、回想された際の判断が正しいのだとすれば、出来事に遭遇したその瞬間の判断というものは無意味になってしまうのか。あるいは、更に未来の地点で回想された時、その記憶はまた意味を変えるかもしれない。更に疑問を呈すなら、私たちは本当に正しく記憶することなんてできているのだろうか。

    【試し読み版】https://twitter.com/Altplus_bungaku/status/1462264767280607234

    ⑤ 【小説】『バーガーナイズド・ユリ』

    いいか! これが百合だ!

    『バーガーナイズド・ユリ』は百合に挟まりたい男マサキが「百合=ハンバーガー」という作中真理に覚醒し「百合バーガー」を「建設」するナンセンスギャグ小説だ。この小説には、何を食ったらそんな言葉が思いつくのかと問いたくなるような言葉が散りばめられている。その一例が次の文章だ。

    “だが、おかしいのは自分ではなく、世界なのだ。エスとは閉じきった関係性のみを指すのではない。それは異性愛規範に縛られた社会への挑戦だった。二人でいること。それは常に闘いを意味する。その闘争性は時を経て忘却された。いまやこの世界の百合は赤き血の匂いを忘れたキャッキャウフフと、胸が大きいだの小さいだのを気にするしょうもないおっぱいいじりに満ちている! そんなに胸が好きならプロテインを飲んで筋トレして自分の大胸筋に貧乳煽りをしておけばいいのだ!”

    『バーガーナイズド・ユリ』はナンセンスなギャグ小説だ。そしてナンセンスであると同時にクリティカルでもある。「百合=ハンバーガー」という作中真理はあまりにナンセンスだが、とてつもない熱量と勢いで「百合=ハンバーガー」論が展開されてしまうので、読者は決してその論に同意しないまでも、既存の百合作品の「尊い関係」消費のあり方についての問題意識を持たざるをえなくなる。どんなに関係性の「尊さ」を訴えたところでそれを消費(ファン同士が繋がるための話のネタする、売れるからという理由で雑に入れられた百合要素で盛り上がる、百合営業を喜ぶなどを)している以上、その「尊さ」議論は「百合=ハンバーガー」と同様にナンセンスなのではないか、という不安と笑いの地平へと連れていかれる。そしてこれが何より重要なのだが、この作品を読むとハンバーガーが食べたくなるのである。

    【試し読み版】https://twitter.com/Altplus_bungaku/status/1462019907474931718

    ⑥ 【エッセイ】『三〇周年の女』

    エッセイ『三〇周年の女』はタトゥーの話だ。

    「もう三〇歳だから、私はタトゥーを入れることを諦めた」という話でもなければ、「もう三〇歳なのに、タトゥーを入れてしまった」という話でもない。

    この話は「もう三〇歳『だから』、私はタトゥーを入れる」という話だ。

    「普通」に成るか、「死ぬ」かという二択に囚われていた著者が、その二択以外のありえたかもしれない可能性の自分を夢想し、生きづらさを抱えながらも「今日は楽しい」と言えるようになるまで。

    人生に高度な計画性やリスクマネジメントを求められながら、未来への不安を抱えて生きる中で「今日は楽しい」なんてことをだんだんと考えなくなってしまう人は少なくないだろう。そんな人に是非ともおすすめしたいエッセイ。

    【試し読み版】https://twitter.com/Altplus_bungaku/status/1462414366448316416

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