巡尾理子には秘密があった。巡尾理子は、気をゆるした男の前で「私」という一人称を放棄してしまう――。揺れ動く自分の一人称に悩み、名前とアイデンティティの問題に思いを馳せる主人公を描いた小説(表題作)に加え、赤裸々エッセイや誕生日のホテル滞在記、そして詩篇を集めて編んだ、著者初「コンセプトのない」アンソロジー。
(裏表紙より)
個人で同人誌を作る度、キャッチーなテーマで、目立つ表紙で、過激なコピーで、とにかく一人でも多くの人に興味を持ってもらえるように、ということをまず考えていた。あらかじめきっちりレールを敷いて、そのレールの上を脱線しないように走ってきた。
初めて作った個人本は『早稲女×三十歳』。文芸サークル・早稲女同盟時代からの読者の方や、「早稲女」として括られることへの違和感や三十歳手前のモヤモヤ感に共感してくれた女性が多く手に取ってくれた。二作目の『東京一人酒日記』は、酒やグルメに興味のある方が気にかけてくれ、何度か増刷したし続刊も作った。三作目の『だらしない』は、表紙の真っ黄色と汚部屋写真のインパクトで、一瞬ぎょっとしたように立ち止まる方が多かった。
文学フリマへの参加も回を重ねると、複数冊まとめて購入してくれる方や、以前に買った本が面白かったからと言って新刊も手に取ってくれる方が増えてきた。パッケージのインパクトだけでなく、私という書き手に、私の書いた文章に関心を寄せてもらえていると思うと、それは本当に幸福なことだった。
『だらしない』という本を頒布する数か月前から、私はnote上に毎日日記を書いて更新し始めた。数日分を溜めたりしつつも欠かす日はほとんどなく一年間更新し続け、半年分の日記をまとめた本を二冊作った。その後、数日~一週間分の日記をまとめて一つの記事として書いてアップするという形に変化はしたが、結局note日記開始から二年以上経つ今でも継続している。
note日記は、友人やフォロワー、個人の同人誌の読者の方に向けて書いているつもりだった。しかし徐々に、このnote日記によって私という書き手を知り、日記に感想を寄せてくれたり、通販で日記以外の本を購入してくれる人も出てきた。私の日記なんて、コンセプトも何もない、パッケージだけでは中身のわからないもので、友人や少数のファンの方以外に興味を持ってもらえることなんてないと思っていた。中身を見てみたって、その日に何を食べた、何を考えたかが書いてあるだけで、特に過激なことは何もない。
わかりやすくなくてもいいのかもしれない、と初めて思った。コンセプトやテーマなんかなくて、あってもどんどん脱線していって、ヤマやオチやイミもあったりなかったりする、そんな文章を書いて発表し続けてもいいのかもしれない。わかりやすくなければ手に取ってもらえないとか、あるいはたくさんの人の目に留まらなければしょうがないなんて、そんな思い込みこそが自分の表現を不自由にしていたのかもしれない。
レールを敷かず、目的地を決めずに、ただ心赴くままに書きたい。そうして出来上がった本を自分が見てみたい。そんな風に思って作ったのがこの本です。
(あとがきより)
『巡尾理子の一人称問題』〈目次〉
「コンセプトのない本」
目の前に広がる金色の道〈essay〉
手指消毒ならぬ手指装飾の話〈essay〉
ヤドカリ宣言〈poetry〉
ネックレスサイン〈essay〉
誕生日のこと〈essay〉
巡尾理子の一人称問題〈short story〉
潜水〈poetry〉
街を愛する才能〈essay〉
あとがき
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