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掌編小説集と詩集 「ブラック」

  • シ-29 (小説|短編・掌編・ショートショート)
  • ぶらっく
  • 蓮井 遼
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 124ページ
  • 400円
  • https://storyoftruth.base.sho…
  • 2021/2/23(火)発行


  • この本に登場する話のほとんどはパンデミック下に書いた話になります。
    どちらかというと、私の本のなかではより家族に重きを置いた話になるでしょうか。
    といっても、マンモスやトビウオも登場しますが・・。
    時代も場所も登場人物、動物も様々に、その思索に富んだ日々の姿の断片を切り取った掌編小説集です。

    今回、見本誌がないということを知りまして、私の場合、正直なところ、見本誌から来てくれたり、わざわざ下調べして来て下さる方が殆どなので、特別に著作のなかから「ゆとり」を全文公開します。ご参考にどうぞ。

    「ゆとり」

    仕事を定時で終えると、凛音は電車に乗って空いている座席に座り、眠っていた。ある時からか、残業を良しとしない風潮が政治主導のもとにできあがり、結局残った仕事は明日時間を作ってすることになった。それでは、お客様へのご対応がおろそかになるとか、事務手続きが遅れてしまうとか当然のように不満は溜まるが、ただ無理やり帰されて、なにもしない時間という穴が空くと、なにを人はせかせかとする必要があるのかとただぼうっとするのだが、結局、毎月の定められた目標があるのだから、そりゃせかせかせずにはいられないだろうと目を閉じて下を向いては思っていた。

    ようやく目を覚ましたときには、空いていた車両が他の乗客で混んでいて、現在がどの駅を通過しているのか看板が見にくいほどだった。スマートフォンから表示される時計を見ると、まだ到着ではないなと彼から連絡が来ていないか、好きなお笑い芸人が新しい動画載せてはいないかとスマートフォンをいじっていた。そうしている間に電車は最寄り駅に着いて他の乗客が降りてからゆっくりと降りた。今日はこの前に買い物に行った食材で足りているので、寄り道はせず家への道をまっすぐ歩いていた。家の前の幾つかの交差点を曲がったところに、冬の夜空だからか、空を見上げると、見たことあるオリオン座がはっきりと見えていて、随分と不思議な感じを覚えた。

    太陽や月にはあまり抱かない思いがオリオン座に感じたのはどうしてだろうと凛音は思った。おそらく記憶に残っているのは、中学校の理科の授業で、オリオン座の時間による動きを観察してスケッチをするという課題を出された時だ。あの頃は実家から学校に行っていたから、屋上のある家だったから、晩御飯を食べたあとに屋上へ上る階段を昇っては、オリオン座の位置が空のどのあたりにあるかというのを調べに行った気がする。中学生が屋上によく上がることなどそんなに多くない。祖父が趣味でやっていた植木鉢が多いくらいだったから、せいぜい洗濯物を取り込む手伝いをするくらいだったろうか、本人ですらその頃の記憶を断片的に覚えているくらいだ。星座として星が形を作りはっきりと見えるには空が綺麗でないとならない。凛音は毎年のようにオリオン座を見てはいなかったんじゃないかなと思った。だから、凛音にとってこの星座を見るのがとても久方ぶりなように感じて、かつての頃の記憶を思い出し、とても言葉にしきれない懐かしいとも違う奇妙な感じ、もっといえば不気味な感じですら抱いた。凛音が幾つもの学校生活を送り、就職活動や転職、仕事、異性の友人ができて恋人になり、さらには家庭内の不幸や友人の目出度いこと、日々のささいなこと、毎年行われるコンテストの結果の一喜一憂、気の合う友達と飲み歩いたり、一人で歴史資料館を巡り歩いたりなど、毎日は同じ日々の繰り返しで退屈に思うかもしれないけれど、人生を通して見るとひとりの個人の記憶のなかですら語るにはあり余るほどの体験が隠れているのだった。しかし、凛音にはそんな彼女の膨大な出来事の期間を、この星座は無慈悲に嘲笑ったかのように思えたのだった。星の光が実際には既に何百年、何千年も前に発した光だと知ると、この星座はもう死んでいて、私はあの頃から幾つもの経験をして必死に生きて来たのに、そんなことに星座は無関心で、自分の人生が取るに足りないものだと否定されたように感じたのだった。そうだ、これからも自分に新しい家族ができたり、反対に失って、打ちのめされたり、危険な目になったり、やがて死を迎えるにしても、その翌年もきっとオリオン座は冬の夜空に浮かんでいる事だろう。星座にとって人間の生き死になどどうでもいいのだ。この星座は私を優しく照らしたりはしてくれないのだ。

    全ては凛音がどう思い、認識しているかに過ぎないのだが、彼女には人間や生き物が地球という檻に閉じ込められて、それらの行為や奮闘が、結局その檻のなかでしか意味をもたらさないように思えたのだった。なにがお星さまなのだ。なにが星の王子さまなのだ。でも、その無関心が実のところ、沢山のものの本質なのかもしれない。別に誰かに話すつもりはなくて、自分で思っていればいいのだけど、ただ存在するためにあり続けるというこの不気味さ、それが全ての形や要素を持つものの本質かもしれない。歩きながら、凛音は思った。でも私達、いや私はずっと沈黙ではいられない。きっと誰かと話をしたくなったり、ふざけたりおどけたくなってしまうわ。意味があろうがなかろうが、働いて疲れて、明日になる前に澱んだ心をリフレッシュしようと好きなお笑いの動画や好きな映画だってこれからも観ることでしょう。どうぞ来年の冬の夜空にもまた顔を出してくださいな。あっ、私はまだ息をしているわって思ってみますから。

    凛音が家に着くと、玄関の前に宅配便の置き指定の段ボールが届いていた。家に入って開けると注文したお気に入りのブラックのブラウスが入っていた。

    「おっ、届いた。届いた」

     そして彼からの連絡も入って来た。

    『次の土曜日の歴史資料館、京都と大阪どちらに行こうか?』

    『私は京都がいいわ!京都文化博物館に行ってみたいの!』

     


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