灯に寄りて灯と共に
玄関先に見知らぬ男が立っていた。
大学生になった梅岡想良が一人暮らしを始めて一ケ月目の、七月のことである。ここは想良の実家であり、一人きりの住まいでもある。
両親から、これからは玄関に鍵をかけるのを忘れずにと言われていた。なのに、ちょっとコンビニに行くだけだからと無精をして出かけたら、この様である。
玄関を開けた三和土に、長身の男の背中があったのだ。
「あの……どちら様ですか?」
男は振り返った。二十代のどこかだろうか、若い男だった。整った、綺麗な顔をしている。
想良より少しだけ上背があり、ジーパンにコットンのシャツを着ていた。
困ったように首を傾げ。男は自分の後頭部をさすった。
「よくわからないんだ」
「は?」
「頭をしこたま打ち付けたのは間違いないんだけど。それ以外はよく覚えていないんだ」
記憶喪失? 怪しい奴。
想良は迷う。救急車か警察か……。
だがしかし、目の前の男の顔には見覚えがある気がする。目鼻立ちが誰かに似ている。
そして気が付いた。こいつはたぶん、親戚の誰かだ!
想良には五人の大伯母がいる。したがって、親戚が多い。その中の一人かもしれない。
「とにかく上がれよ」
リビングに通した。男はソファに座って、そわそわと周りを眺める。
「なんでうちに来たかは、わかんないのか?」
「うーん……ここ、知っているような気がして」
やはり親戚だ。二十代の男で、社会人が働いているような平日の昼間にウロウロしているような輩は、誰だろう。
「他に覚えてることないのか?」
「誰かを探してたんだよ。待ち合わせっていうか……」
また、後頭部をさする。
「恋人……と、会おうと思ってたんだと……」
独身らしい。絞れてきた。
「どんな人」
「可愛い感じの……色が白くて……」
想良はイメージを膨らませる。
「笑うと右の頬に、ぽこっとえくぼが……」
男の覚えている情報はそこで止まってしまった。自分の名前も住所も何も覚えていないくせに、恋人のえくぼだけは覚えているらしい。恋ってすごい。
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