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掌編小説 太陽が近かったなんて

  • ツ-45 (小説|短編・掌編・ショートショート)→配置図(eventmesh)
  • たいようがちかかったなんて
  • 蓮井 遼
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 130ページ
  • 400円
  • 2019/03/01(金)発行

  • 一族の役目を放棄して家族のために日々の仕事に勤しみながら夕日を見るゴブリン「黄昏ゴブリン」

    日々のパトロールをし、ゾンビ達の休息を眺める蝙蝠 「オレンジ」

    社交の場で楽しみながらも信じ合うことに悩む若い夫婦 「二人が眠るまで」 など

    人々や野生生物、異形の者の生活や思いを切り取った掌編小説集

    太陽が近かったなんて


    掌編「二人が眠るまで」全文試し読み 他の話も気になる方はリンクのURLからどうぞ。

     掌編 『二人が眠るまで』
     男はピアノを弾いていた。楽譜を見ずに覚えている限りの曲をピアノで弾いていた。彼のピアノを弾いている様を女がそのピアノに凭れかけながら見ていた。二人は若い夫婦であった。彼が奏でるピアノの曲は落ち着いた曲が多かった。その曲を彼の妻はじっと聴いていた。時折、二人はお互いの顔を見つめた。そして、照れながら笑った。
     とある会場で二人は抜け出して、建物にピアノが置いてある一室でこの時間を楽しんでいた。遠くで賑やかな音楽が鳴っているように聞こえた。二人は構わず自分たちの時間を確かめ合っていた。男は一曲弾き終わり、女が拍手をする。ありがとうと男はお辞儀をした。
    「パーティーは今、どのへんかな」
    「まだ終わらないと思うわ」
    「音が君に向けて特別な思いを伝えられると思うかい」
    「なにそれ」彼女はくすりと笑った。
    「僕は君に会えただけで嬉しいんだ。僕に対しての君の思いがどうかなんてまず関係がなかったんだ。だから、こうして君といれることはとても僕にとって珍しいことなんだ」
    「珍しいって変な言い方ね」
    「でも事実なんだ」男は少しむっとして言った。
    「ありがとう、私も嬉しいのよ」
    「アップテンポの曲とバラードでは受け取り方が違うだろ」
    「そうね」
    「それにどちらかといえば、ここで特別な曲を弾いて、君に伝えたいんだ」
    「ねえ、じゃあこの曲弾いてよ」
     と彼女は歌い出した。明るくテンポのいい歌だった。
    「バラードじゃないだろ、それ、まあいいや」
     彼は軽快にピアノを弾き始めた。彼らがまだ未成年だった頃に流行り出した歌だった。
    「そうそう、それ!」
     彼女は喜びながら歌っていた。だんだんと声が大きくなり、言葉として彼の耳にも届いてきた。彼もピアノを弾きながら笑っていた。そして、気づいたのだった。こうして二人で演奏したり、歌ったりするのがとても楽しいことに。そうして歌が終わると、ピアノの演奏も一緒に終わり、彼は言った。
    「僕たちにバラードってのは不似合いなようだね」
    「そうよ、二人の楽しみ方は型にはまらないのよ」
    「楽しそうな君が僕は好きなんだ」
    「楽しそうなだけかしら」
    「いいや、この前みたいに不機嫌な君だって、僕は構わないのさ、でも・・」
     彼の言葉が止まった。
    「どうしたの」
    「君の思いを知っていても、ただ、それだけで安心できはしないんだね」
    「それってどういうこと」
     彼女は言っていることがわからないような表情を浮かべた。
    「今日のようなパーティーだったら、大勢の人が君と話したりするだろう、僕よりも君は名が知れ渡っているからね、それで僕が見えないところで、君がどういうふうに色んな人と接しているかなんて僕はとても怖くて考えたくないんだ」
    「私が貴方だけを見ているのがわからないというの」
    「そう思うのも無理ないよ、どうしてかな、僕がもっと数ある男たちのなかでも、魅力的ならよかったのかな」
     語気を強める彼女に彼は穏やかに思いを認めて、自分の弱音を吐き出した。
    「それはお互い様なのよ、貴方が一人だけこの部屋にいたら、私だってどう思うかわからないじゃない」
    「そうか」彼は続けた。
    「もしさ、二人が信頼し合っているのなら、それを裏切らないで済むように秘密を作ることができなくなればいいのだが」
    「私も思ったことあるけど、でも、それは」
    「わかっているよ、かえって信じ合えていないようだね」
     彼はしばらく黙っていた。なにか言いたそうな彼を彼女はじっと言うまで待っていた。
    「・・・多分、裏切るなら裏切るで黙っておくべきなんだろうな。そういうのとても嫌だけど。だから隠し事はあって当然なのかもしれない。僕も君だけを見ているよ、だから余計な心配はいらないよ」
     遠くで、拍手の音が聞こえているのが二人にわかった。そろそろパーティーが終わりに差し掛かっているようだ。
    「時間のようだね、行こうか」
    「そうね」
     二人は一緒に部屋を出た。廊下を渡り、パーティーに戻った。また、色々な人が二人と談笑する。二人は一度分かれて、来ている人に挨拶しに行く。しばらくの時間が流れ、閉会の挨拶となった。彼女のもとに彼が駆け寄った。
    「ねえ」と彼女が彼に呼びかけた。うんと彼が彼女に首を傾けた。
    「私はずっとあなたといたいのよ、離れ離れだとしても」
    「僕もそうさ」
     二人は手を繋がずに会場にいる者と一緒に拍手した。
    「このあと、どうするんだい」
    「私はまだ久しぶりに会う人もいるから、先に帰っていいわよ」
    「そうだね、飲みすぎに気をつけて。それと・・」
    「君のドレス姿はとても綺麗だ。誰かが君に言い寄ってこないか」
    「ほら、またそういう心配する」
     彼女が笑った。その笑顔が彼に思いを伝えていた。
    「ありがとう」
     彼女は彼が会場をあとにするのを見送り、会場の人とまた話していた。
     深夜、一時頃、彼の家に彼女が帰ってきた。既に彼はベッドで横になっていた。
    「お帰り」
     半分眠気のある状態で彼は言った。
    「ただいま」
     彼女は返事をして、寝間着に着替えた。そして二人並んで眠りに落ちて行った。



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