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胡蝶の舟(上巻)

  • Fホール(2F) | ア-18 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • こちょうのふね
  • 植岡勇二
  • 書籍|電子書籍
  • 500円
  • http://d.hatena.ne.jp/macromo…
  • 2015/5/4(月)発行
  •  『胡蝶の舟』

    概要:歌を信じ、夢に渡り、たどり着いた別世界。五十三の宿場をめぐりながら、心の最果て『都』を目指す旅人ワタリ。めくるめく映像詩でつづる、異界の東海道五十三次。


        零

     橋を渡り始めた時、笠を被った男がすれ違い様に一言、
     「これはひと雨くるな」  
     と吐き捨てるように呟いた。笠の男に気を取られると同時に、前から来た男が担ぐ天秤棒と、僕の肩がぶつかる。よろけた僕を見て天秤棒の男は笑い、
     「悪いね、兄さん! お、ちょっと待った」  
     と顔を覗き込み、
     「こいつは珍しいや。兄さん、旅の『ワタリ』だね?」  
     と言って立ち止まった。
     「昔はちらほら見かけたもんだが。最近はめっきり見なくなったなぁ」  
     男は呟き、さらにからかう様な笑みを浮かべ、
     「お前さんには俺はどう見える?」  とすかさず質問を投げた。
     男はマゲを結い、天秤棒の先にぶら下がった笊(ざる)には、畳まれた着物が束になって載せられている。棒には、色取り取りの帯が何本も結ばれ、七夕飾りのように美しくはためいていた。身に着けている着物は、担いでいるどの布地よりも派手な黄色で、その上にさらに目立つ水色の法被(はっぴ)を羽織っており、こちらをにやにやと眺めている。
     「着物売り、ですよね?」  
     僕が慎重に答えると、
     「そんなこと聞いてんじゃねえよ、俺が人間に見えるかって聞いてんだ」  
     と、声高に突っ込む。
    「どう見ても人間です」
    「あはは。兄さん、あまりこの世界に馴染んでねえな。ここで人間に見える奴ら、それは皆、お前さんたちがいう所の『精霊』って奴よぉ」
     「精霊?」
     「俺たちの瞳は皆黒い。それがここの住人の証よ」  
     男がそう言った時、遠くで小さく鈴の音が鳴った。  
     その音を皮切りに、あたり一面に、雨が降り始めた。  
     雨は、白と金の光の粒をこぼす、十センチ程の細長い縦ヒモで出来ている。ねじれたそれは、回りながらゆっくりと降り、地上のものに当たっては鈴の音を鳴らして弾けた。あっと言う間にいたる所から、無数の雨音が鳴り響く。  
     突然、橋の向こうから、紅(あか)い身体をした猫の群れが走ってやって来た。そして、精霊や地面などに当たっては響く、その鈴の音を食べ始めた。
     「今日の『雨喰(あめく)い』は威勢がいいなぁ」  
     男が呟く。  
     雨喰いと呼ばれる紅い猫たちは、その素早い動きで、精霊たちの足もとをすり抜け走り回った。その動きに合わせ、彼らの身体から鈴が転がる音が響く。
     「なんで俺がお前さんをワタリだと知ったか、わかるかい?」  
     男が僕に問う。僕は首を振る。
     「お前さんの瞳の色な、あの雨喰いの色と同じだからよ」  
     そう言うと男は立ち去ってしまう。  
     しばらくして雨が止むと、雨喰いたちはゆっくりと腰を落ち着け、めいめいに顔を洗い始めた。彼らは気分が良いのか、その喉元から、小さく鈴が震えるのが聞こえた。  
     やがて、その鈴の音も鳴り止むと、雨喰いたちは再び群れをなし、行き交う精霊の足もとをすり抜け、橋の向こうへと帰って行った。  
     僕は、雨喰いの後をつけるようにして、この橋を渡った。

        一

     橋を渡り、しばらく歩くと、やがて目の前に港が現れた。  
     港にはたくさんの舟が停泊していた。  
     舟は、一匹の蝶とひとつのサナギで出来ている。
     薄茶色をした、巨大なサナギの上に、同じく巨大なアゲハチョウが一匹、静かにとまっていた。その羽が帆の役目をしているのだろう。精霊はこのサナギの舟で、海を渡るらしい。  
     この港にとまっている舟は、すべてアゲハチョウだ。  
     やがて、一艘(そう)の舟がゆっくりと羽ばたき始める。  
     蝶が悠々と金の羽をはためかせると、サナギの舟は、水平線を目指しすべるように進んで行った。  
     羽がはためくごとにたくさんの鱗粉が宙を舞い、そして海に落ちた。  
     海原には、舟の軌道を示すように、黄金色をした鱗粉のラインが引かれていく。  
     舟には乗らず、その鱗粉の道の上をゆっくりと歩き、海を渡る精霊たちもいた。精霊たちは時折、宙に手を伸ばし、鱗粉をその掌につかまえると、それを食べながら歩いた。  
     港に停泊していた舟たちが、次から次へ海へとすべり出す。  
     空には金色の鱗粉が舞い、穏やかな海原には、瞬く鱗粉の道が何本も出来た。その道の上を歩き始める精霊たちの数もちらほらと増えていった。  
     僕は、宙に舞う鱗粉をつかまえると、それを口もとに運んだ。レモンのような香りが鼻をつく。口に運ぶとそれは、舌の上に強い酸味を残した。  
     その時だった。世界は一瞬にして黒に覆われた。  
     金色だったもの、鱗粉や、アゲハチョウの羽が、すべて紅色に変わり、その紅だけが、黒の中にコントラストとして強く焼き付いた。  しかし、それは数秒だった。  
     口の中の酸味が消えるとともに、黒い世界は晴れ上がり、その紅色は明滅しながら、また黄金色の輝きへと戻っていく。  
     ここから見渡す舟たちは、やがて小さくなっていった。海にひかれた十数本の金のラインを横目で眺めながら、僕はさらに歩みを進めた。(つづく)

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