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四節の輪舞曲(ロンド)

  • え-08 (小説|エンタメ・大衆小説)→配置図(eventmesh)
  • しせつのろんど
  • 森野ひよこ
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 86ページ
  • 500円
  • 2022/10/02(日)発行

  •  ■散文詩「旅立ち」

     空気の冷たい午前4時
     騒がしいほど静寂な世界で目が覚める
     私は、軽く髪を梳き
     着替え
     顔を洗う
     目の前にある左右対称な私の顔
     声の出ないその唇が言葉を紡ぐ

     Are you happy?

     私は答えず口の端を上げる
     彼女も気づいて笑い返す
     鍵を開け 外へ出ると 寝過ごした太陽が慌てて起きだした
     私は見つからないように
     反対方向にアクセルを踏む

     どこへ行こうか
     今日は家出記念日
     

     ■「桜との約束」

     三月六日。  
     大学の合格祝いとして家族で外食した日、両親から離婚することを告げられた。  
     父がほとんど家に帰らないことも知っていたし、どうやら他に女性がいることも知っていた。そのため、離婚の話自体は、ああ、やっぱり、とすんなり受け入れた。
     そして、自分でも驚くくらい冷静に、私の学費のことを聞くことができた。
    「明莉は心配しなくて大丈夫よ。大学の授業料はお父さんが出してくれるから。生活費はお母さんがなんとかするわ」
     母は安心させるように私に微笑んだ。おそらくその結論が出るまでは、かなり労力を必要としただろう。母は私に気を使わせまいと、何でもないようにふるまっていたが、表情にはいつも疲労が濃く表れていた。
    「それで、明莉。本当は一人暮らしをさせる予定だったのだけど、さすがにそれぞれの場所で生活するのは、ちょっと辛くて……」
     なんとかすると言っても、今までスーパーのレジ打ちだったのだ。当然だと思った。
    「いいよ。一緒に引っ越そう」
     私は明るく言った。私と母は翌日、大学近くのファミリー向けアパートを契約し、四月二日に引っ越すことに決めた。
     祖父が危篤のため、実家へ行かなければならなくなったのは、離婚の話から三日と経っていない頃だった。顔を覆ったまま、心底嫌そうに母は告げた。
     母は名家の長女だったが、半ば駆け落ちのように父と一緒になったと聞いている。だから、盆正月に帰省することはおろか、一切連絡を取ることが無かった。母の弟にあたる夫婦が実家で暮らしている、ということくらいしか知らなかった。連絡先も知らせていなかったらしい。
     だが離婚の手続きの際、他に頼る先が無く代々お世話になっている弁護士に連絡を取ったため、そこから祖父の危篤を聞いたそうだ。祖父からはどうしても一目会いたいと常々依頼されており、いつ何があってもおかしくない状況の今、話ができるうちにどうしても会ってほしいとのことだった。
     離婚の財産分与の相談をしていることもあり、強く突っぱねることができず、母と私は実家へ向かうことになった。
     実家につく前から、申し訳なさそうに何度も母が謝る理由は、実家についた瞬間理解できた。叔父・叔母の敵意のこもった視線を受け、私たちは小さくなりながら挨拶をして敷居をまたいだ。
     着いて早々、私たちはベッドで眠る祖父の顔を見た。顔には多くの皺が刻まれており、深い皺と見紛う小さな目は閉じられていた。酸素吸入器を動かす機械音が聞こえるくらい、安らかに眠っている。主治医の大田先生の話では、もう内臓の動きが悪く、時間の問題らしい。数時間ごとに目を覚ますとのことだったので、無理やり起こすのではなく、自然と目が覚めるのを待つことになった。
     叔母がお茶を入れて、母と私の前に無造作に置く。母は、ありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。私もそれに習い深々と頭を下げる。
    「保代さん、明莉はこの家にはじめて来るの。良かったらお庭を見せてあげても良いかしら」
    「あら、せっかくお茶を用意したのだから、せめて美里さんは召し上がって。ひさしぶりにお会いしますし、積もる話もありますし。明莉ちゃんはいってらっしゃい」
     叔母は作り笑いをしたまま、私たちの顔を見比べる。叔父は足と腕を組んだ姿勢のまま、顎を横へ降った。勝手に行け、ということだろう。母が私に小さくうなずく。私は、逃げるようにその場を去った。
     立花家の庭は広かった。冬でも緑色をした木々、石灯籠、大きな池の中央には島があり、そこへ続く橋が架けられている。島には一部屋分くらいの簡易な建物があった。壁が無く、柱と屋根と床がある。能舞台というよりは、お茶を飲みながら周囲の景色を鑑賞するのだろう。その建物の向こう側にも橋が架かっていた。
     私は橋を渡りながら、体を震わせた。三月とはいえ、まだ肌寒い。コートを着ているものの、水辺から冷気が上がってくる。  島から向こう岸へ渡ると、そこには大きな樹が枝を広げていた。樹齢何百年と言われても素直に信じられる。柳だろうか。枝先は立花家の塀を軽々と超えて、外の大通りまで伸びている。
     葉のない枝にそっと顔を近づけると、赤いつぼみがあった。ああ、しだれ桜だ。
     そこまで考えて、桜の幹に手を添えている人影に気づく。同級生くらいだろうか。ワンピースにボレロ、蝶々結びの赤いリボン。お嬢様高校の制服といったいでたちだ。私に気づかないのか、ずっと彼女は樹のそばを動かない。肩まで伸ばした真っ黒な彼女の髪が、冷たい風に揺れる。私は思わず、コートを握りしめた。
    「ねえ、寒くないの?」
     彼女は驚いたように、振り返る。無遠慮に顔を近づけ、私を上から下まで眺めると、彼女は口を開いた。鈴のような、美しい声だった。
    「へぇ、あなた、私が見えるのね」
     彼女は興味深そうに私の顔を覗き込む。彼女の瞳が、光の加減で深緑色に見える。

     <続く>

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