大阪の片田舎の大きな農家に、ぶっこちゃんは生まれ育った。幼少より大家族の中で過ごしていたので、どこに行っても周囲に人が居るのが当たり前だった。七人姉妹の長女ということもあり、明るく面倒見の良い、そして幾分無精な性格も愛嬌として周囲の者に愛された。そんな大正生まれのぶっこちゃんも、時代の変化と自然の摂理に従い周囲の者が一人、また一人と旅立っていく寂しさを味わう。
ぶっこちゃんの孫娘であるしのぶは家庭の事情で祖父母に育てられる。外交的なぶっこちゃんとは反面内気な性格で、何かを目指すでもなく状況に流されて生きている。
なんとなく働いて、恋愛をして、結婚して、新居に引っ越した翌年、父清一が他界する。
大きな家に一人ぼっちになってしまったぶっこちゃんは、突然の息子の死を受け入れることができず、認知症発症という形で理解を回避した。その頃からおかしな言動が見られ、心配したしのぶが実家に舞い戻って共に暮らすことになる。
物語の大半は、ぶっこちゃんとしのぶの平和だが笑える日常を描いている。
自分に目標を持てなかったしのぶは、ぶっこちゃんが寂しい思いをせず、毎日笑って暮らすことを日々の目標にしようと決める。それは、将来の自分が後悔しないため。
そう思って積極的にぶっこちゃんと関わるしのぶだが、少しずつ認知症が進むぶっこちゃんは毎日意図せず面白発言をする。ぶっこちゃんを笑わせようとしていたしのぶの方が毎日笑わされ、元気をもらうことになる。
世間では悲観的な認知症という病いだが、人は生きるため、意図して認知症になっているのではないだろうかとしのぶは考える。
年齢を重ねるに伴い周囲の愛する人がいなくなり、自身は体力が衰え、自分で出来ていたことが誰かのお世話にならなければ出来なくなり、精神的に辛い状況に追い込まれてしまう。そういう状況を回避して生きていく技として、認知症は脳の奥に備わっているのではないだろうか。
ぶっこちゃんの場合、息子の死が起動スイッチを押し、しのぶとの生活でより良く機能し始めた。
しのぶは、ぶっこちゃんとの平凡だが穏やかな日々に心地良さを感じ、こういう時間がずっと続けば良いと思う反面、そう長くは続かないという事実も理解している。近い将来必ず訪れる老いと死に向けて、今どう考え何をするべきか悩む。
だが、悩みはするが結局は特別なことが出来るわけでもなく、時間の経過に流されて、ぶっこちゃんはこの世からいなくなり、しのぶは夫の元に戻っていく。
しのぶはまた、流される日々を過ごすのかもしれないけれど、ぶっこちゃんとの貴重な幸福の時間は大切な記憶として心に留めておきたいと思う。
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