はなり亭で会いましょうのシリーズ3巻。
1巻から順番にお読みください。 自分に好意を寄せてくれる存在に戸惑う渡辺涼花。接し方に悩んでいたが、ある日アルバイト先である はなり亭が転機にあると知る。お店のこれからを考える中で、憧れていた相手と親しくなる機会にも恵まれた。
そして重森絢子は思いがけない巡り合わせに翻弄されながらも、自身を見つめ直して変わるべき時にあると決意を固める。
イベント頒布の他、委託販売や
Kindle版もあります
ぽんつく堂さん
架空ストアさん
賄い料理と二人の関係
何となく重い足取りではなり亭に着くと、宮田は既に出勤して仕込み作業を手伝っている様子だった。
「おはようございます、涼花センパイ!今日は俺が賄い作るんで、楽しみにしてくださいね!」
「あ、宮田くん、おはよう…… 」
涼花の姿を見つけるやいなや、キラキラとした笑顔で挨拶してくれる宮田に、涼花も挨拶を返すものの、やっぱり落ち着かない。
……ところで、いつもなら店主である御厨が賄いを用意してくれるのだが、どうして今日は宮田が担当するんだろうか?
「やっぱり、胃袋掴むって、大事ですもんね」
「………… 」
宮田はさり気なくそう言ったが、どういうつもりなのだろう?
いや、聞くまでもなく、彼の思惑はなんとなく想像がつくのだが…… ひとまず涼花は考えないことにした。
「前から思てたけど、樹希くん、なかなかえぇ手付きやな。あ、卵はそこにあるやつ、好きなだけ使てええさかい、涼花ちゃんに美味しいの作ったげて」
「はい、店長!任せといてください!これからセンパイの賄いは俺が担当するんで!」
「ちょっと宮田くん!勝手なこと言って御厨さん困らせたらダメでしょ!」
宮田に賄いを任せるとは、御厨は一体どういうつもりなのか。勝手に調理場や食材を使わせて問題ないのだろうか?
「まぁまぁ、涼花ちゃん。とりあえず樹希くんのお手並み拝見しよ。もうすぐできるやろし…… 最近は、料理男子いうんも、モテるんやろ?」
「…… あの、御厨さん、まさか宮田くんから何か頼まれてるとか…… ?」
その問いかけに、なにか心当たりがあるのか、御厨は肩をすくめて仕込み作業に戻った。
これは宮田の作戦なのか?
なんだか外堀を埋めようとしてきているようで、涼花はますます対応に困ってしまう。
小さな決意と夏の夜に消えた想い
御厨は料理を渡しがてら絢子に対し「バタついててお構いできず、すんません」と、気まずそうにしていたが、店が賑わっているのは繁盛の証拠。気にしないでと軽く返して、一人の時間に没頭する。
不本意なこともあるけれど、一応は自分で働いたお金で生活できているし、時々はこうして、ゆっくりと自分の好きなことにお金を使える。
女性としての特性を考えれば、そろそろ結婚して出産を考えるべき年齢なのだろうが、それに振り回されて自分を押し殺す結果になれば、果たしてそれは幸福なのか?
そう思えば、今の自分は、自身の幸福をとことん追求し、誰にも迷惑をかけずに活きているのだから、それを誇るべきではないのか…… ?
絢子の心の中を、様々な思いが駆け巡る。
そしてふと…… あのとき付き合っていた相手と将来を誓い合っていたなら、今の自分はどうなっていたのかと思い至る。
それは時折、絢子の心によみがえっては、不愉快な結末を遺していく話。何の成果もない、つまらない「たられば」であり、むしろ絢子を縛ってしまう過去だ。
それを打ち消すように、絢子はかぶりを振って、それ以上考えないようにした。
(馬鹿だ…… こんなこと、いい加減忘れたいのに)
そう思っていても性分とでもいうべきか……絢子は一度でも深く想った相手のことを、なかなか心から消せない。
女性の恋愛は上書き保存だと言われるが、恋愛経験が年相応に積めていない絢子には、上書きされずにいつまでも残ってしまっている過去が多い。
二人の朝とクリスマスパーティ
「…… え?ここは…… ?」
涼花 が目覚めると、そこは見慣れない天井。どうやらソファで眠っていて、誰かが布団を掛けてくれたらしい。服はというと、自分のものではないパジャマ姿。
状況を理解できず、パニックになりそうな気持ちを抑え、涼花は昨晩のことを振り返る。
たしか、はなり亭のアルバイトに行って、そのあと作戦会議に参加して…… そうだ、お客代表ということで重森も参加してくれて、一緒に料理やお酒について話していた。
それから……?
そのあとの記憶はぼやけていて、正確に思い出せない。
(気持ちよくてウトウトして…… それで…… )
必死に記憶をたぐり寄せ、頭の中に断片的に残っている情報をかき集める。
望まぬ邂逅とひとつの挑戦
はなり亭で一人、お酒と料理を楽しんでいる女性を見かけ、絢子は珍しいこともあるものだと思った。一人でも過ごしやすい店ではあるものの、自分と同年代の女性がふらりと立ち寄るにはあまり向いていないというか、事実、自分と同じような一人飲みの女性を、絢子はこれまでに見かけたことがなかった。
もっとも、そんな場所だからこそ、変に他人と比べることなく、一人の時間を過ごしやすく感じている。
しかし、それ以上に驚かされたのは、その女性がとんでもなくパワフルというか、押しが強く、気付けば一緒に飲んでいるような状況になっていることだ。
(一人でゆっくり過ごしたかったんだけど…… )
…… と思うものの、なんとなく断れず、そのままカウンター席で隣り合った彼女を受け入れてしまった。
彼女は宮田彩華と名乗った。