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ヒトオオカミのいるところ

  • D-34 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • ひとおおかみのいるところ
  • 六神
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 142ページ
  • 500円
  • 2020/01/19(日)発行

  •  ヒトオオカミのいるところ


     なんじゃあそん言い方。
     変じゃのう、おかしいのう。  藤京もんはおかしいしゃべり方じゃけぇ、気味が悪いのう。  うるさい黙れ、廣嶋だって語尾にじゃけんとかばかりついて変じゃないか。  そう言い返したかったが、明彦は声が出せなかった。殴られて顔が痛かったこともあったが、ありていに言えばもうあきらめていた。抵抗するのに疲れていた。  引っ越して数ヶ月たつというのにまだこの地域になじめないでいることで母親の心痛が増すだろうが、輪に 入ろうにも最初から向こうの方が交流を閉ざしている。最初は余所者をからかっているだけで、あきればやめると思い、こちらも新参ゆえの引け目から大人しく状況に流されていたが一向に収まらない。それどころか、かっこうの餌食にされている。  それでも、彼らが高々と掲げている戦利品から視線を外すことはできない。  あれは、あの本は、父親の形見だ。  船乗りだった父親は、寄港した先で必ず何かひとつ土産を買ってきた。最後になってしまったそれは英語の原書。まだ大和語訳では出版されていないが、欧州ではとても評判がよい小説だと言われたそうで、辞書と一緒に渡された。  その辞書を片手に一行ずつ読み進めていたところ、父の乗った船が沈没したという知らせが入ったのだ。  折しも渡された小説は海洋冒険ものだった。明彦は物語の舞台となる大洋の先にあこがれ、その奥底に眠る何についてを単語ひとつひとつの意味を調べながら、自分なりの大和語訳書を作っている最中だった。  知らせから一ヶ月後、父親どころか沈んだ船を見つけることもできずに捜索は打ち切られてしまう。働き手を失った母子は親類を頼って母親の出身地である廣嶋へとやってきたのだ。  やーいやーいとはやしたてるそいつらが、 ゴム毬みたいに本を放り投げている。やめろやめてくれ、と心が、心臓がきしむ音を立てるがやはり声は出ない。  いっそあの本がばらばらになってしまえば、あきらめてもっと楽になれるのだろうか。  何を、あきらめるのだろうか。 「……おまえら、何をしよんじゃ」  高く放り投げられた本は、落下中に別の手につかまれた。  その手は、身体は、唐突にぬっと出てくる。  普通、人はひょい、とかちょこっと、と出てくるもの。しかしその存在は建物と建物の間から、ぬぅっと出現したのだ。  明彦から本を取り上げてはしゃぐ子供たちよりもさらに高く大きく幅のある体躯。軽く見下ろせる位置にある頭部から、金色の両眼がこちらを見据えている。  だが大柄な体躯に反してくせのある長い黒髪が縁どる顔にはまだ幼さがあった。男と呼ぶには若いが、子供とは到底呼べない。ちょうど大人と子供の狭間だ。年齢はよくわからないが、少なくとも明彦よりは年上だろう。  もっとも、年齢よりも気になる特徴が大量に存在しているのだが。  上から列挙していくと、両耳のある位置からは黒と銀の毛におおわれた扇のように大きな獣耳がのぞいている。上半身はたくましい男性そのもので、地味な色の着物からも厚い体躯なのがわかるほどだ。肩には短めの黒いマントを羽織り、そのすそが広がっている下半身は、二本脚ではなく四足の獣そのものだった。  全体がつややかで黒く、長い毛の合間に銀色の毛が混じる量感のある体毛が伸び、太く長い脚がしっかりと地面を踏みしめている。背筋から流れる獣毛の先にある尾は長くふさふさとしていて、感情を示すように大きく揺れている。  人の上半身と、獣形の下半身。  人狼、ヒトオオカミだ。  明彦は驚愕に動けなくなる。同時に脳内にものすさまじい勢いでヒトオオカミに関する知識が流れてゆき、その間に彼をいじっていた者たちは走って逃げてしまった。

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