■ほんのりBLです。
■そんなにグロくは無いですが暴力表現、殺人シーンがあります。
■未成年の飲酒喫煙性行為に関する言及があります。
■上記の様な感じなので、多少メンタルアタックしている内容かもしれないです。
■一応ハッピーエンドです、多分。
(長めのサンプルはhttp://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7935973に上がっています)「痛みだけを受け取って、永遠に覚えておくから。」
妹を殺した兄は入水し後追いを試みるも、不思議な青年に助けられる。名前を喪い「アルルカン」として生きる事になった彼。一方飼い主に怯える毎日を過ごす少年は、美しい瞳の「アルルカン」に出会う。二人の運命が、二つの時空で交錯する。
「今日からは影の話を聞かせてやろう」
膝に頭を預けたペットを撫でる手を休めると、飼い主は肘掛け椅子の横にある小さな丸テーブルから、豪華な装丁の、重たそうな本を持ち上げた。背表紙には「影と翳り」とだけ書かれて居る。毎朝一階へ降りて来たら、こうして読み聞かせの時間になる。飼い主は立派な人間だったから、こうしてペットにも文化的なものを与えてくれるのだ。
「影と翳り。影は翳りの中では生きられない。だが、翳りは影と違って動けない」
影と翳りは、静と動の双子としてこの世に生まれるらしい。どちらも同じ価値、良い悪いではない。あちらとこちらは、常に等価値。その二者が問答をする形式で、『影と翳り』は進んでゆく。
「影は言った。何故翳りは翳りなのか。翳りは言った。それは影が影であるからだ。影は言った。影は影それ自体なのではない。あらゆる物体の影なのだ」
時たま、ページをめくる時や持ち手が疲れた時に、飼い主が膝に載せた儘の彼の頭を撫でる。気持ちが良い。飼い主の声は穏やかで、朗読の中身は奥深い。恐怖の後の褒美は、いつもとても心地良い。
「翳りは、取りも直さず陽の翳りだ。雲が太陽を覆い隠す、その暗さに端を発する。影が物体の証左なら、翳りは太陽の証左だ」
飼い主の朗々とした声が、この世界の約束事を、美しく彼に染み込ませてゆく。彼はそれを一滴残らず舐め取った。毎日、毎日、繰り返し欠かさず。飼い主の声は彼の内側にも根を張って、彼の心の形、胸の間取りを決めていった。この鼓動の速さも、肋骨の本数も、飼い主が決めたに違いない、そう彼は考えて居る。今日もそうやって、自分の中に滴る世界からの恵みを、ぴちゃぴちゃと舐める。
「翳りは言った、翳りは人の心にも差す。影は言った、影は人の心にも差す。心の翳りは心の影だ。翳りと影とは同時に言った」
へえ、と彼は興味深く感じた。心の翳りは心の影。本当だろうか。何故、そうだと分かったのだろう。後で考えてみよう、と小さく思う。今は続きを聞きたい。飼い主の声を聞きたい。この世の摂理を確認して、埋もれたい。
「影は言った、夜に影は死に絶える。翳りも言った、夜に翳りは死に絶える。だから人の心に潜み隠れる。翳りと影とは同時に言った」
人の心に隠れる影と翳り。彼は少しだけ、その言葉に胸を痛めた。飼い主に怯える気持ちを思い出したからだった。夜、陽の光を失った暗黒の者共が、彼の心に侵入する様を想像した。それが、心に黒い気持ちを抱かせるのだろうか。肋骨の一本一本、心房と心室の形、それら全て飼い主に与えられたものなのに、こうして飼い主から逃げたがる気持ちは、真っ黒な暗黒のせいなのだろうか。今まで理由が分からなかった恐怖と怯懦の原因に影と翳りという名前、全てから暗黒を弁別する輪郭が与えられ、彼は嫌な気持ちになった。
「陽の光が強くなればなるだけ、影もまた強くなる。陽の光が強くなればなるだけ、翳りはしかし弱くなる。物が多くなればなるだけ、影はその輪郭を曖昧にする。物が多くなればなるだけ、翳りは一層明瞭になる。ところが或る男が言った。俺には確かに影がある。それは俺が物体だから。しかし俺には翳りが無い。俺は陽の光を浴びる者なのに」
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