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華やかな食卓記

  • き-11 (小説|百合)
  • はなやかなしょくたくき
  • 孤伏澤つたゐ
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 16ページ
  • 100円
  • https://www.pixiv.net/fanbox/…
  • 2020/1/19(日)発行
  • 澁澤龍彦が好きすぎて作った本です。コピー本です。


    『華やかな食卓記』
     二〇一七年の暮れだったと思う。地元のスーパーへ正月の買出しに行き、チョロギを見たのは。岡山県産だった。チョロギは、大人の手のひらくらいの大きさの透明なプラスチックの容器にぎっしりと詰まっていた。多くの人はこの植物――シソ科の植物だ――を見ると、虫のようだ、と思うらしい。チョロギは「草石蚕」と漢字で書くこともある、「石蚕(イサゴムシ)」というトビケラの幼虫に形状が似ているため、この文字をあてるとか。くだんのトビケラの幼虫を調べてみたら、たしかにチョロギによく似ている。が、わたしはチョロギを見たとき、虫のようだと思えなかった。まっさきに「澁澤龍彦だ」と思った。
      関東のほうではお節料理の黒豆に赤く彩色されたチョロギが添えられるらしいが、わたしの住む三重の地域では、そのような習慣は特にない。なにせ大みそかの日にふたまたの木の枝にイワシやイセエビを刺してまじないごとをし、豆まきをするような土地だ。
      だから、チョロギというものを食べたことはおろか、見たこともない。それなのに「正月といえばチョロギ」、反射的にそう思ってしまうのは、「チョロギについて」(『狐のだんぶくろ――わたしの少年時代』河出文庫)という澁澤龍彦のエッセイがあるからだ。
      新年のエッセイに、正月だから正月のことを書くのは陳腐すぎると言いながら、澁澤は「お正月という言葉によって私たちそれぞれが何を連想するかには、それこそ個人差というものがあろうからである。」とことわり、「私はといえば、私はお正月という言葉によってチョロギを連想する。そうだ、チョロギについて書くことにしよう。これならば陳腐でもなかろうし、私にふさわしいテーマのように思われないこともないからだ」と語りはじめるその食材!
      さらに「チョロギについて」の澁澤の語りを見ていこう。 

     私はこのチョロギが大いに気に入っていて、親たちの目をかすめ、黒豆のなかを箸でひっかきまわしては、逸早くこれを拾い出して食べたものであった。かりかりする歯ざわりも、まことにおつなもので、珍重するに足りると子ども心に思っていた。 
     いまでも私はお正月のたびに、黒豆とは別に、女房に銘じてチョロギの一袋を八百屋で買ってこさせると、三カ日のあいだ、存分にこれを食べるのを楽しみにしているほどである。中には五センチくらいもありそうな、ずいぶん立派なやつもあって、ひときわ目を楽しませる。


     正月のたびに、澁澤が一袋を存分に食べるのがチョロギなのだ。一度は澁澤龍彦の夢女子の自分をこじらせて第三の妻を自称し、脳内で五年も新婚生活をしていたわたしだ。「チョロギ=正月」の回路はおそろしく容易に開通した。
      チョロギを食べてみたい。この願望はたとえば人によっては、「レンバスを食べてみたい」「ジンジャーブレッドクッキーを作ってみたい」そんなものと同質のものだろう。
     わたしはチョロギが食べたい。
     ――ただ、問題があるのだった。
     わたしは、すっぱいものが嫌いだ。漬物はすっぱい。いくら澁澤が好きだろうと、一袋の酢漬けを食らうことなど不可能に近い。
     それに、スーパーで発見したそのチョロギは、お節料理に添えられている酢漬けではない。一切の加工のなされていない「食材」の姿をしていたのだ。ほかにチョロギの姿を探しても、お節料理のセットにも、単品の黒豆にもチョロギの姿は見つからない。
     純粋な食材のチョロギを購入し、食べられもしない酢漬けにすることは果たして愛か。このチョロギを買ったところで、澁澤龍彦への課金にはならないのに?  自問自答を繰り返し、そのときは、チョロギをあきらめた。
     それからすぐだったと思う。とあるアニメの映画に澁澤龍彦がキャラクタとして使われたことがあった。――澁澤がアニメキャラに! その澁澤龍彦は、りんごを持っていた。 「リンゴ……? チョロギじゃないの?」と思うはずがない。チョロギは小さすぎる。わたしは「玉ねぎを選ばなかったんだ」と思ったがTwitterのタイムラインで玉ねぎの話をしている人はひとりもいない。玉ねぎを持っているよりはどう考えてもリンゴを持っているほうがおしゃれだ。澁澤の妻龍子さんが澁澤の著書でいちばん好きだという『フローラ逍遥』(平凡社)に「林檎」の項目がある。わたしも大好きだ。そこから採用したのだろうと思った。くだんの映画は、たしなみとして見ておくべきだろうが未視聴だ。
     ただ、その二つのできごとから、チョロギであったり、玉ねぎであったり……「澁澤龍彦」という人を思い浮かべたとき、連想されるオブジェに、実は食べ物がとても多いのだ、と気づいた。
     オウムガイや髑髏、パイプは食べられない。だけど、チョロギや玉ねぎは食べられる。澁澤龍彦は料理できる、食べられるのだ。
     二〇一八年年の瀬、わたしは決心した。
     澁澤めしをつくろう、と。
     まずはオブジェをそろえるところから……。
     澁澤と食べ物……。そう考えはじめると、オブジェよりも先に出来事のほうが思い浮かんでしまう……松山俊太郎と澁澤のために矢川澄子が慈姑の薄揚げを作っていたある正月のこと、鎌倉の家の庭に奇妙なキノコが生えて中井英夫に電話を掛けたこと……龍子夫人の「アマダイの天ぷらはないわね?」というセリフ。これらもオブジェであるのはたしか。あとはウサギ。ウサギ肉は必須だ。
     準備が遅く、ネットショップが軒並み年末年始の休みに入り、アミガサタケもウサギの肉も入手できず、そもそもその年はスーパーでチョロギすら見つけることができなかった。
     そして、二〇一九年も終わりに近づいた。この年は早めに準備に取りかかるつもりだった。ネットショップですでにウサギの肉とアミガサタケに目星をつけた。アミガサタケが「ドライモリーユ」なんて名前でしかも高級食材だなんて…こんな金額がするなんて……とお気に入りリストに入れていき、はたと気づいた。
     金がない。
     ウサギの肉とアミガサタケと、そんなものを買うだけでまだ実装されていない渋沢栄一が飛んで行ってしまう!(来年の大河ドラマでしたっけ渋沢翁の隣でおもらしする赤ん坊が出演したらそれは澁澤龍彦です番組の最後にゆかりの地とか紹介してくるパートありますよねあれもう脳内で事前再生しすぎて「栄一の縁者には、フランス文学者となる澁澤龍彦が……」ってナレーションまでそらんじることができるんですよね。百万回再生突破しているんで。※オタク特有の早口)
     ……金がないということは、ウサギの肉とアミガサタケはあきらめるしかない。だけど、それらをあきらめてもなお、澁澤めしをつくることだけはあきらめたくなかった。
     そもそもオブジェだ。モチーフなのだ。アミガサタケなんてなくてもいい。澁澤の友達は中井英夫だけじゃない。まだまだたくさんいる。ウサギは、……わたしが卯年だから、わたしのことを兎と呼べばそれでいい。
     ほとんどやけくそ、いや、執念でわたしが集めた食材はこの通りだ。
     鶏もも肉・チョロギ・玉ねぎ・栄螺・ガラムマサラ・ウズラの卵・ひよこ豆・トマトピューレ
     見よ、この完璧なオブジェを。『澁澤コレクション序説』と呼んでいただきたいね。  この絢爛にして豪華、慢心にしてこじつけのモチーフたち、澁澤龍彦に詳しい読者諸子でも、あまりにも孤伏澤つたゐの妄想が入りこみすぎていてわかりづらいであろうから、ここに解説しておこう。

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