ついに人体が結晶化する奇病が爆発的な感染力を持って迫ってくる。 だがそれを広めたとされるイノベントはすでに瓦解していた。 世界中が混迷に叩きこまれる中、ユニオンは単独での事態解決をやめて人類側へ協力を要請する。
2016年10月全8巻完結
曇天
世界の変容は、とどまるところを知らなかった。
ただ、あまりの異常性に、いま起こっている現象はすべてが真実だと叫び、電子網を駆使して訴えても、情報を受け取った誰もが眉根を寄せるか失笑する始末。
信じられない。もしくは、これは現実ではないと受け入れを拒否する。中には断片的な情報を組み合わせて推測し、かなり真実に近づいた者も少なからずいた。だが気づいた彼らが立ち上がっても、国家機密という便利な言葉の壁に阻まれてしまう。
真実はゆがめられ、発した声は政府機関、もしくは反体制組織によって速やかに削除された。
確かに存在している危機だというのに、現場のあせりとは裏腹に、支援を考える立場の者たちが本気で受け止めることはなかった。
もっとも、現場にいる者たちも、これは夢か幻だと目をふさぎたかったのかもしれない。
人体が結晶化する。
結晶と聞くと美しい、宝石のようなものを想像するが、その単語は現象の一部を表現しているにすぎない。
特に持病を患っていない者が高熱を出し、風邪かと思い医者にかかるも、医師も同じ判断を下す。だが熱は下がらない、それどころか上がり続ける。次第に体内から焼かれるようにしてその者は命を落とした。実際には他にも複数の要因が重なって心停止にいたるのだが。
そして、遺体の皮膚が高質化し、代謝のなくなった内臓器官が壊死し、ひび割れた身体から溶解した内臓や筋肉などの組織が流れ出る。
破壊されつくし、体液を失って空っぽになった内側から、人体を苗床にした結晶柱が生まれる。
当初は死者の身体からのみ発生するとされていたが、次第に人々は勘違いに気がつく。
死んでから結晶が生まれるのではなく、結晶によって生命活動が絶たれたあと、死者の殻を破って結晶柱が生えるのだということに。
冬虫夏草という植物がある。幼虫に寄生した菌が宿主の養分を利用して成長し、体表を破って生えるが、根元には幼虫の外観が保持されている。それが土中の幼虫ではなく、人体に起こったのだ。
人間の肉体を食らう結晶病は、ゆっくりと、だが、確実に広まっていた。