『ふたまわり』 木元 まお
玉ねぎが人形の頭みたいに見えてきた。
――「三十五億! あと五千万人」
娘が叫ぶ姿を思い浮かべ、利律子は玉ねぎの皮に付いた土ぼこりを払う。
『御蔭通(みかげどおり)』 高木 冨士夫
午前十時に京都駅を出発した一乗寺修学院行きバスの中に、高校生でもない、大学生でもない、社会人でもない――自由と束縛が時間制限で背中合わせの――浪人生、夏男の姿があった。
『オーバーホール』 鴨居 ろくすけ
窓を開けるとそよ風が頬を撫でる。レースのカーテン越しに朝日が差し込み、風に煽られた花柄刺繍の陰影がマホガニーの本棚に揺れていた。
『百万円の壺』 田中 星二郎
食堂の隅に配置された大型液晶テレビには昼の情報番組が映っている。小さい音量でほとんど内容は聞き取れていなかったが、天気図を背景にして「しばらくは秋晴れの日が続くでしょう」という気象予報士の声は耳に入ってきた。望月聡は観るともなく画面を見ながら半熟の目玉焼きを割り箸でつついて、卵の黄身をハンバーグに絡めながら砕いて口に放り込む。社員食堂には聡以外に誰もいなかった。
『影踏み』 齋藤 葉子
叔母の記憶は影の記憶だ。影の記憶が叔母の記憶なのかもしれない。 幼いころ、ふたつの影が自分の足下から伸びるのをみた。
『坂の多い街』 小倉 哲哉
その街は静けさに包まれていた。住宅街にも関わらず人通りは少なく、車の往来もなかった。時折、見えないどこかから路面電車が走る鈍重な音が響いた。辺りの景色は白味を帯びていたが、時刻は朝とも昼とも付かず、家屋も植木も色の鮮やかさを失って、白抜けて見えた。
『チューニング』 松林 杏
地下鉄の改札を抜け、小走りで階段を駆け上がると、薄ピンク色の花びらがざわめくように道の両側を彩っていた。
木下真弓は安堵の息をもらす。昨夜ベッドの中で雨の音を聞きながら、朝には散ってしまうのではないかと心配していたからだ。
春休み明けにこの景色に出会うのが、楽しみの一つとなっている。
まっすぐに伸びる桜並木を歩き出す。
朝の新鮮な陽射しを浴びた花びらが、澄んだ青空を背景に光っている。雨で洗われた空気はピンとしていて、思わず背筋が伸びる。頬に感じる肌寒さも心地いい。
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