イノベントはどうやって人類を滅ぼそうとしているのか。 計画を探る海里たちの前にイノベントの少女シスが現れる。 その頃、機械知性体の存在を感知した世界防衛機構軍も動き始めていた。
2016年10月全8巻完結。
「六番の少女」
マイキは自身の頭上高くを飛び越えた影に、歓声を上げた。
「う、わぁっ!」
影を身体全体で追いかけた結果、枯れた雑草の上に背中から倒れ込んだが、そんな事は気にもならない。
太陽の中に入った影は、大きく手足を伸ばして身体をひねり、着地。両足が地面に着いた瞬間、重く鈍い音が響く。だが、音に反して軽い動きで駆け出した。
走っているのは長身の青年。短く刈った黒髪に、赤褐色の瞳。際立った美形ではないが、顔立ちはそこそこ整っている。それが海里シンタロウの外見だった。
「シン兄すごいや!」
無邪気にはしゃぐマイキ。服に枯れ草や土がついたが、はらう事もせずに起き上がり、海里の後を追う。
マイキ達がいるのは、千鳥ヶ丘市を眼下に望む山中だった。山といっても、標高でいえば一〇〇メートルもない。道も整備されているので、九歳のマイキでも散歩のレベルで登れるほどだ。
それでも、頂上の公園へと続く石段を外れてしまえば、鬱蒼とした木々が生い茂っている。
彼らはその、道を外れた先にいた。地元民のマイキも知らなかったのだが、林の中を進むと、ぽっかりと開けた空間があった。元は伐採した木々を一時的に保管する場所だったのだろう。草に埋もれてわかりにくいが、麓まで続く道が残されていた。
舗装もされていない道の上に、真新しいタイヤ痕が見える。その先にある広場には、二台のクルマが停車していた。
一台は、丸いフォルムに鮮やかな黄色の軽自動車。もう一台は、角ばった車体が特徴的な救急車。
どちらも新車同然に見えたが、軽自動車の車種はスバル360。現在では見かける事はほとんどない車種だった。救急車も、かなり以前のモデルになる。
そんな古い車の間を、海里は駆け抜けて行く。
「待ってよ、シン兄ちゃん!」
マイキはかなり遅れて彼を追いかける。それに続いて今度は「僕も行く」と、どこからか声が聞こえた。
声に振り返ったマイキは、今しがた通り過ぎた軽自動車が動き出すのを見た。
しかし、この場にいるのはマイキと海里の二人だけ。軽自動車の運転席には誰も乗っていない。
スバル360は、エンジンの低い駆動音を響かせながらライトを点灯させる。そうやって車体を一度大きく震わせると、一気にばらばらになった。
車体が外側に展開し、機械部分が露出する。現れた部品は互いを連動させながら形を組み替え、再び内部へ折りたたむと立ち上がった。
クルマは瞬きの間に二本足で直立する。
手足に、胴体の上には頭がある。おおむね人に近いシルエットをしたそれは、目を丸くしているマイキに向かって手を振った。
「やぁ、マイキ」
響く声はまだ若い。聞きようによっては少年にも取れる声をしている。
そこに立っているのは、一般的にはロボットと呼称される存在だった。先ほどの軽自動車は人間社会に溶け込む為の擬態で、今の形態が本来の姿なのだ。
彼らは自らをこう呼称する。
機械知性体オリジネイターと。
ある目的を持って地上世界に現れた彼らだったが、今、マイキに向けている態度には、任務を抜きにした親しみがあふれていた。
「レックス!」
マイキは歓声を上げて金属の足に飛びつく。呼ばれた黄色のオリジネイターは、少年を落とさないよう注意深く歩き、先で足を止めている海里の元へ向かう。
「トラストも駆け回ってばかりいないで、マイキの相手をしてあげなよ」
トラスト、そう呼ばれた海里は顔を上げる。二十歳ほどの青年だが、そのあたりの年代にある浮ついた雰囲気は微塵もない。
そして、名前が異なっている事にはもちろん、理由がある。トラストが海里の本名で、便宜上、相対する者にはマイキが考案した方の名前を使っている。
名前を変えたのは、その方がより人間らしいという発想からだった。
もっとも、この愛想のなさの為、名前をもらって半月あまりになるが、未だに名乗る機会は訪れていない。