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掌編小説 寒い時の夢

  • 6F | う-12 (小説|短編・掌編・ショートショート)→配置図(eventmesh)
  • さむいときのゆめ
  • 蓮井 遼
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 130ページ
  • 400円
  • https://storyoftruth.base.sho…

  • 2冊目の掌編小説集となります。この本には詩は収録しておりません。

    「狼」「首なし剣士と蛇」「コガネムシ」「オーロラ」

    などファンタジーものもあれば、現実に即した非現実感のある掌編もございます。

    1冊目より生と死に際立っていますので、楽しい話は少ないかもしれませんが、思考のおともにでもどうぞ。

     掌編小説集 「寒い時の夢」


    収録 掌編 「狭間」 全文試し読み

     

    まだ、夜が青くならない頃、ホテルを出て私は浜辺を歩いていた。懐中電灯を持参し、それが指し示す方向に歩いて、あとは聴覚と直感を頼りに波が足に届くまで進んでみた。一度、電灯を消してしまうと、辺りは暗闇と化して、定期的な波音だけが辺りに拡がっていた。どのくらいそこに突っ立っていただろうか、ぼーっとしていて、その状態を波が覆い、私はその場にあるものに溺れていた。放っておくと、靴に海水が浸透してきたのを感じて、そこで気を取り戻して、懐中電灯を点けて後ろに退いた。なぜ、ここに来たのだろう・・と考える間もなく、私の後ろに何かがぶつかった。
     闇夜のなか、ライトを照らすと、なめらかな板と文様が見えて、ライトをずらしてみる内にそれが亀の甲羅だとわかった。亀は既に死んでいるようだ。いや、死んでいたかどうかなど私にわかりはしないが、亀の口元を照らすと、砂辺に細々と破片が散らばっていて、拾ってみるとプラスチックのようだった。亀は海ゴミを食べてしまったことによって気管が詰まってしまったと私は予想した。都合のよい現実の因果が目の前に確認された。亀が死んだ原因は誰のせいなのか、私は息があるかわからない亀をそのまま置き去りにして、ホテルへ戻ったが、途中で浜の砂が深いところに踏み込み、私はうつ伏せに転んでしまった。その姿はなんと惨めだったことだろう、起き上がると身体中に砂がくっつき、私は手で振り払ったあとに、手前に落ちていた懐中電灯を拾った。
     ホテルの入り口まで着くと街灯が点いていたので、入口付近の花壇の傍に座って、まだ部屋に戻らないことにした。さっきの光景を思い返していた。亀を見つけたときに私は生き物に触れたことに怖れを感じていたが、その生き物がゴミによって死んでいることにそれ以上の恥ずかしさを感じていた。
    「だけど、どうすればいい」
     思わず口に漏らしてしまった。それが人でないだけ、ましなのだ。もしも人に害があるなら、このことは公害として見なされるのだから、世界中で考えを改めねばならない。そう考えてしまうと、さっきの浜辺での暗闇よりももっと暗いというか、最も絶望的で、大きなものに押し潰されそうなそういう重さや息苦しさを感じた。闇ならまだいい、手探りをすることよりも手で受け止めているものに跳ね返すことの方が非常に困難だ。なにかに巻かれていると、その過程で起きるよくある間違いというのは正当化される、ことが重要でないからだ。世界は命を優先にできていないのは結果論だ。試みることと優先的な物事によって生まれる代償にとってのずれは黙認されている。なんて嘆かわしいのだ。人命の尊重、その言葉の稀薄さに笑ってしまえる、ともあれもう死んでしまえばよかった、そう思わない日が本当に来るのであろうか、人は起きている物事を受け止めずに生活することは可能であるが、それらを受け止めて苦心して生活することもまた可能であるのだ。余計なことに、気をかけなくて済むか済まないかの違いである。余計なのか、命に関わることは余計なのか。
     私はその場で首を下に向けて、眼だけが地面を睨んでいて、かといってそのままじっとしていた。もどかしい気持ちでとてもじゃないがこのまま部屋には戻れなかった。しかし、その後を考え尽くすこともまたできなかった。私は携帯ウォークマンから音楽を流して沈んでいた。重厚な音楽がその場を囲ってくれていた。
     誰も救いに来る必要はない、人々の人生は確かに長く不可解で、孤独から支えるためには誰か別の人が必要なのだ、それこそが人間を優遇しているのだ。持続的な発展というのは無責任な言葉に聞こえてしまう、むしろ問題を先送りしているのだ。重みから逃れることを誰も責めはしないだろう、いやその時、もう逃れた人はいなくなっているのだから、考えることはもうないのだ。さっきの波音はその向き合っていく現実からの一種の脱却、要は慰めなのだ。あの際に立って、私が踏み込めないことなど死んだ亀がきっとわかっていたのだろう。どうしてこういう目に遭うのか、きっと考えてもそこに人の優しさや思いやりなど考えられなかっただろう、何が次に生まれ変わるだ。誕生の喜びはどこに行ってしまったのだ。命が巡るのであるなら、自分というものを自覚する必要などどこにあるのだ。
    「甲羅か」
     それが亀の生きていた証だった。私はまだ当分眠れなく、耳栓とコードを外してはそれをポケットに終い懐中電灯を点けてはさっきの浜辺に戻った。一つの生命の終わりがそこに転がっているのだ。いつものように次の物事に計らうようにはできなかった。
     息切れしながらも、ライトを甲羅のありそうな場所に移すとまだ亀の死体はそこにあった。また、足場に気をつけながらその前まで歩み寄って、私はしゃがんで甲羅を撫でた。なめらかよりもなぞってみるとふと指の動きは止まるのだった。そのまま甲羅を撫でて、亀の頭を撫でた。確かに亀の死体の隣で私は座っていた。波の影響か、特に臭さなどは感じずにそこに居座ることができた。私はこのすぐに過ぎ去ってしまう時間がとても大事だと感じ、不愉快な気持ちで亀の甲羅に手を置き、暗闇のなかで暗闇を見ないまま呆然としていた。命を留めることのなんと難しいことだろう、自ずと逃げたい心はその脆さに釣られて見事に連れ去られるようだったが、まだ私は死んでいなくて動けた。
     再度にホテルに戻る道で、私はぎこちない思いで気持ちを纏めることはできなかった。そのまま部屋に戻って、シャワーを浴びて、既に鼾が聞こえる部屋で布団の上に横になり、薄い闇を見上げていた。片付ける言葉は理不尽で足りた。
    「おい、朝食に遅れるぞ」
     布団の上から弟が私を踏みつけて、目が覚めた。夢は見られなかった。
    「あれ、母さんと父さんは」
    「父さんは知らない、母さんは朝風呂に行ったよ」
    「そう」
    「俺も行くね」
    「ん、わかった」 
     部屋は私一人になった。机の上にある魔法瓶から水を次いで、一気に飲んだ。
    「うっ」
     思ったとうりに冷たく、お腹に響いたような気がした。そのとき、ふと部屋のドアが開いて
    「やっと起きたか」
     と姉が戻って来た。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


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