葉から、また未明子に意識が戻ってきたかのようだった。少年の思わぬ質問に未明子はまた困惑した。この子、どうしてそんなこと聞くんだろう。答えなんて、思いつかなかった。なんでだろう。なんで私は、自分が死ぬときのことは、考えた事、ないんだろう。未明子がしばらく考え込んでいたので、少年は、ねえ、といい、未明子を見た。未明子は慌てて、答えた。
―さあ‥‥一人だろうね。野良猫みたいに、もしくは浮浪者みたいに、一人で道端で野垂れ死ぬかもね。
未明子はそう言いながら、私、かっこつけてる、と思った。
―さみしくないの?
―どうだろう。死ぬときに、さみしくない人なんて、いるのかな。もっとさみしい人、沢山いるんじゃない?
―なんかさあ、ひどいね、おばさんの家族。
―そう?
―うん。
―‥‥ああ、ごめん、そう言われたくて話したわけじゃなくて、うちの家族は、凄く、いい人たちなの、ひどくないよ。
―ふぅん…‥。
―ひどい人たちじゃ、ないの。
少年は黙った。未明子も黙った。二人は暫く黙ったまま、どこかで鳴いている鳥の声を聞いた。それから、少年が明るい声を出した。
―じゃあ、僕がみてあげる。
―え。
―死ぬとき。
少年がそう言ったことに未明子は驚いて、へ、と声を出して固まった。
―僕がみてあげる、トラちゃんみたいに。ねこおばさんが死ぬとき。
未明子は、あはは、と、楽しそうに笑って言った。
―嬉しいけど、君はすぐわたしのことなんかわすれるよ。
少年はむっとした声をだした。
―覚えてるとおもう。
―わたしだって、小学生のころ一時話した大人のことなんて、全然思い出せないよ。それでいいんだよ。私はでも、死ぬときにきみのことを少しだけ思い出すかもしれないな。あの子、今、大人なんだよなあ。元気だといいな、とか。でもきみは全く私をおもいだすことなく、自分の人生を幸せに、忙しく生きている。そういう感じじゃないかなぁ。
―‥‥いやーな感じ。
と少年は言った。その横顔に、未明子の言葉が張り付いて、消えていく。
その時君は、初めてマスクをあごまでずらして、初めてその横顔を私に見せた。
その手をまた縁において、日に焼けたたくましい足を絡ませ、縁にぶつけるようにぶらぶらさせながら、唇をとがらせて、うつむいた。
鼻筋が綺麗な男だった。
君はなにかに憤慨したようだった。さらに少しだけ目が赤いのは、花粉のせいかもしれず、私は君をみつめて、ただ、いいなあ、と思った。どうしてだろう。嬉しいよ。とか、ありがとう、と言えればよかったのだけど。
―…ごめん。でも…
―やーな感じ…
君はもう一度、おそらく可能な限りの低く太い声でそう言った。
シロが花壇の花をふみつけながらどこかに歩いていく。
キジも草垣のなかにはいっていった。今日はその二匹だけだった。
花壇、花壇、と言っていたけど、そこは本当は花壇ではなく、もじゃひげの井上さんの家の庭と道路を区切る低い石垣で、その石垣から井上さん側の庭のような、家の周りの土地、そこにはもこもこした丸い形の木が生えていて、草垣の脇の土一面に井上さんが買ってきたであろう、小さな花たちが咲こうとして、でも折れていたりした。紫や黄色の、花びらが平らで、ディズニーでよく歌っていた、あの花。いつもねこたちはその花たちを踏みつけて歩いていて、ねこがいつもいる場所なのに、おそらく奥さんが、敢えて最近植えたということがすこし怖くて、ぎりぎり届くつぶされた黄色い花を起き上がらせようと、振り返って手を伸ばす。私の身体が近づいたからか、君はすこし後ろに引いた。ばばばば、ばばば、という音が聞こえ、左から、井上さんちの隣のえだまめ農家の男の人が赤いトラクターにのって、ゆっくりと道すれすれを通る。おきあがらない黄色い花をあきらめて、足をあげ、トラクターにぶつからないよう花壇の中の方にひいた。君は気にしていないようだった。男の人は、私と君をにらみつけるように見つめ、そのまま怖い顔をして、通り過ぎていった。邪魔だ、と言いたいのだろうな、と思った。前、自転車を道路わきに置いて餌をあげていたら怒鳴られたから、未明子は自転車でここにくるのをやめていた。それからたまにすれ違うたび、ため息をつかれたり、にらまれたり、するようになっていた。」