こちらのアイテムは2026/11/8(日)開催・文学フリマ東京43にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京43公式Webサイトをご覧ください。

ねこは川

  • 南1-2ホール | M-43 (小説|純文学)
  • ねこはかわ
  • 肩丘 灯
  • 書籍|B5
  • 1,000円
  • 太宰治賞一次通過作品。
    地域の猫に餌をあげに通う未知子は、冬の終わりのある少年と出会う。猫たちとの会話、少年との会話、家族との会話、やがて季節は巡り…
    本文抜粋→「少年は、持っていた葉の残りもまた、道にばらまくようになげて言った。―でもそうすると、おばさんが死ぬときは、だれがみるの?

    葉から、また未明子に意識が戻ってきたかのようだった。少年の思わぬ質問に未明子はまた困惑した。この子、どうしてそんなこと聞くんだろう。答えなんて、思いつかなかった。なんでだろう。なんで私は、自分が死ぬときのことは、考えた事、ないんだろう。未明子がしばらく考え込んでいたので、少年は、ねえ、といい、未明子を見た。未明子は慌てて、答えた。

    ―さあ‥‥一人だろうね。野良猫みたいに、もしくは浮浪者みたいに、一人で道端で野垂れ死ぬかもね。

    未明子はそう言いながら、私、かっこつけてる、と思った。

    ―さみしくないの?

    ―どうだろう。死ぬときに、さみしくない人なんて、いるのかな。もっとさみしい人、沢山いるんじゃない?

    ―なんかさあ、ひどいね、おばさんの家族。

    ―そう?

    ―うん。

    ―‥‥ああ、ごめん、そう言われたくて話したわけじゃなくて、うちの家族は、凄く、いい人たちなの、ひどくないよ。

    ―ふぅん…‥。

    ―ひどい人たちじゃ、ないの。

    少年は黙った。未明子も黙った。二人は暫く黙ったまま、どこかで鳴いている鳥の声を聞いた。それから、少年が明るい声を出した。

    ―じゃあ、僕がみてあげる。

    ―え。

    ―死ぬとき。

    少年がそう言ったことに未明子は驚いて、へ、と声を出して固まった。

    ―僕がみてあげる、トラちゃんみたいに。ねこおばさんが死ぬとき。

    未明子は、あはは、と、楽しそうに笑って言った。

    ―嬉しいけど、君はすぐわたしのことなんかわすれるよ。

    少年はむっとした声をだした。

    ―覚えてるとおもう。

    ―わたしだって、小学生のころ一時話した大人のことなんて、全然思い出せないよ。それでいいんだよ。私はでも、死ぬときにきみのことを少しだけ思い出すかもしれないな。あの子、今、大人なんだよなあ。元気だといいな、とか。でもきみは全く私をおもいだすことなく、自分の人生を幸せに、忙しく生きている。そういう感じじゃないかなぁ。

    ―‥‥いやーな感じ。

    と少年は言った。その横顔に、未明子の言葉が張り付いて、消えていく。

    その時君は、初めてマスクをあごまでずらして、初めてその横顔を私に見せた。

    その手をまた縁において、日に焼けたたくましい足を絡ませ、縁にぶつけるようにぶらぶらさせながら、唇をとがらせて、うつむいた。

    鼻筋が綺麗な男だった。

    君はなにかに憤慨したようだった。さらに少しだけ目が赤いのは、花粉のせいかもしれず、私は君をみつめて、ただ、いいなあ、と思った。どうしてだろう。嬉しいよ。とか、ありがとう、と言えればよかったのだけど。

    ―…ごめん。でも…

    ―やーな感じ…

    君はもう一度、おそらく可能な限りの低く太い声でそう言った。

     シロが花壇の花をふみつけながらどこかに歩いていく。

    キジも草垣のなかにはいっていった。今日はその二匹だけだった。

    花壇、花壇、と言っていたけど、そこは本当は花壇ではなく、もじゃひげの井上さんの家の庭と道路を区切る低い石垣で、その石垣から井上さん側の庭のような、家の周りの土地、そこにはもこもこした丸い形の木が生えていて、草垣の脇の土一面に井上さんが買ってきたであろう、小さな花たちが咲こうとして、でも折れていたりした。紫や黄色の、花びらが平らで、ディズニーでよく歌っていた、あの花。いつもねこたちはその花たちを踏みつけて歩いていて、ねこがいつもいる場所なのに、おそらく奥さんが、敢えて最近植えたということがすこし怖くて、ぎりぎり届くつぶされた黄色い花を起き上がらせようと、振り返って手を伸ばす。私の身体が近づいたからか、君はすこし後ろに引いた。ばばばば、ばばば、という音が聞こえ、左から、井上さんちの隣のえだまめ農家の男の人が赤いトラクターにのって、ゆっくりと道すれすれを通る。おきあがらない黄色い花をあきらめて、足をあげ、トラクターにぶつからないよう花壇の中の方にひいた。君は気にしていないようだった。男の人は、私と君をにらみつけるように見つめ、そのまま怖い顔をして、通り過ぎていった。邪魔だ、と言いたいのだろうな、と思った。前、自転車を道路わきに置いて餌をあげていたら怒鳴られたから、未明子は自転車でここにくるのをやめていた。それからたまにすれ違うたび、ため息をつかれたり、にらまれたり、するようになっていた。」

ログインしませんか?

「気になる!」ボタンをクリックすると気になる出店者を記録できます。
「気になる!」ボタンを使えるようにするにはログインしてください。