【概要】
「親指トム将軍」は、どのようにして大西洋の両岸の人気者になったのか。
『バーナムのショービジネス 中巻』から、一話読み切りをご提供。第三話は、バーナムが売り出した「親指トム将軍」について、当時の新聞記事、バーナム自伝での語りに加えて、バーナムが語らなかった真実を探る。
【あらすじ】
一八四二年十二月、『ニューヨーク・ヘラルド』にアメリカ博物館の新しい出演者の記事が載る。英国から来た十一歳の「親指トム将軍」。背丈は二十五インチ、体重は十五ポンドという。ところが、バーナム自身の語りによれば、〈英国から到着した十一歳〉は、ブリッジポートで見つけた五歳の子供だった。
トムは人気者となり、一八四四年一月、バーナムとともに英国へ渡る。しかし、英国でのこびとの見世物の相場は、入場料一ペニー。トムを知る人もない異国で、バーナムの目論見は外れる。
ところが三月、ロンドンの新聞は、トムがヴィクトリア女王に謁見したと報じた。
無名のこびとは、どのようにして女王に招かれたのか。バーナムは、英国で何をしたのか。新聞記事、バーナムの自伝、研究者の報告を突き合わせると、その舞台裏が見えてくる。
【構成】
●市民が見聞きした親指トム将軍
●バーナムが語った親指トム将軍
●(解説)親指トム将軍の真実
【こんな方に】
P・T・バーナムの興行に関心がある方、親指トム将軍とヴィクトリア女王謁見の舞台裏を読んでみたい方、十九世紀の新聞記事から当時の宣伝のしかたを読み解いてみたい方に。
【仕様】
A5判・縦組み・44ページ/会場特別価格900円
【試し読み】
『バーナムのショービジネス 中巻』はnoteで試し読みできます。
https://note.com/jolly_jacana651/n/n1f67fb92ee6c?magazine_key=m87d2097e4f9b
(ミニコラム)バーナムって誰
十九世紀のアメリカにP.T.バーナムという男がいた。今日では〈ザ・グレイテスト・ショーマン(世界最大の興行師)』の異名で知られている。コネチカット州の田舎に生まれ、小売店を手伝う中で大人たちのほら話に鍛えられた。ニューヨークに出てペテンビジネスに騙されながら、興行の世界に入っていった。まだ現在のような娯楽産業が成立していなかったこの時期、バーナムはフェイクニュースに近いネタを元にして巧妙な宣伝を仕掛け娯楽イベントを演出して評判を得ていった。
バーナムの興行に共通する手口は、最初に新聞の記事や権威のコメントによって見世物(公演)の対象が大変価値があって必見だとの情報をばらまく。ネタがばれてしまいそうになると、それを擁護する噂を流す一方で、インチキだとの情報を自ら流布して、市民にことの真偽を見届けたいと思わせるような操作を繰り返す。最後にはバーナム本人も騙されたのだと言い訳する始末だった。南北戦争の時期、不幸なことに博物館は何度かの火事にみまわれて終焉を余儀なくされる。興行師として成功したバーナムはさまざまなビジネスに手を出した結果、自らは自己破産するような失敗にもあっている。再起後のバーナムはパートナーを組んで、サーカス巡業に動物や芸人などのサイドショーを加えた新しい興行形態とそのスケールでサーカスの再編を繰り返し、全米ののナンバーワンのサーカス団バーナム&ベイリーを設立するに至った。