【概要】
「フィジーの人魚」は、どのようにして一八四二年のニューヨークの話題になったのか。
本邦初のバーナムの評伝『バーナムのショービジネス 上巻』から、一話読み切りをご提供。第一話は興行師バーナムが展示した「フィジーの人魚」について、当時の新聞記事、バーナム自伝での懺悔に加えて、バーナムが語らなかった真実を探る。
【あらすじ】
一八四二年六月、『ニューヨーク・ヘラルド』にアラバマ州モンゴメリーの特派員報告が載る。フィジー諸島から来た英国紳士が、人魚を所有しているという。その後、各地の新聞に目撃談や投書が相次ぎ、八月にはブロードウェイのコンサートホールで展示が始まった。
ところが、バーナム自身の語りによれば、「南部からの投書」は彼が自分で書いたものだった。人魚を披露した「グリフィン博士」は、バーナムが雇ったライマンだった。
どこまでが仕掛けで、どこからが脚色なのか。そして、この人魚は、いったいどこから来たのか。新聞記事、バーナムの自伝、研究者の報告を突き合わせると、思いがけない場所へとつながっていく。
【構成】
●市民が見聞きした「フィジーの人魚」
●バーナムが語った「フィジーの人魚」
●(解説)「フィジーの人魚」の真実
【こんな方に】
P・T・バーナムの興行に関心がある方、十九世紀の新聞記事から当時の出来事を読んでみたい方、「フィジーの人魚」の由来に関心がある方に。
【仕様】
A5判・縦組み・44ページ/会場特別価格900円
【試し読み】
『バーナムのショービジネス 上巻』はnoteで試し読みできます。
http://note.com/jolly_jacana651/n/n43eb2868f650?magazine_key=m87d2097e4f9b
(ミニコラム)バーナムって誰?
十九世紀のアメリカにP.T.バーナムという男がいた。今日では〈ザ・グレイテスト・ショーマン(世界最大の興行師)』の異名で知られている。コネチカット州の田舎に生まれ、小売店を手伝う中で大人たちのほら話に鍛えられた。ニューヨークに出てペテンビジネスに騙されながら、興行の世界に入っていった。まだ現在のような娯楽産業が成立していなかったこの時期、バーナムはフェイクニュースに近いネタを元にして巧妙な宣伝を仕掛け娯楽イベントを演出して評判を得ていった。
バーナムの興行に共通する手口は、最初に新聞の記事や権威のコメントによって見世物(公演)の対象が大変価値があって必見だとの情報をばらまく。ネタがばれてしまいそうになると、それを擁護する噂を流す一方で、インチキだとの情報を自ら流布して、市民にことの真偽を見届けたいと思わせるような操作を繰り返す。最後にはバーナム本人も騙されたのだと言い訳する始末だった。南北戦争の時期、不幸なことに博物館は何度かの火事にみまわれて終焉を余儀なくされる。興行師として成功したバーナムはさまざまなビジネスに手を出した結果、自らは自己破産するような失敗にもあっている。再起後のバーナムはパートナーを組んで、サーカス巡業に動物や芸人などのサイドショーを加えた新しい興行形態とそのスケールでサーカスの再編を繰り返し、全米ナンバーワンのサーカス団バーナム&ベイリーを設立するに至った。