〈目次〉
◆巻頭言
◆座談会:資本主義と文学のタクティクス 佐藤究・位田将司・立尾真士・宮澤隆義
今日、本当に「嘘」をつくタクティクスは存在するのか。佐藤究氏を迎え、文学におけるタクティクスの問題をめぐり、暴力と供犠、フィクションと詩、量子力学から金融資本主義、そして天皇/制に至るまで大いに語り合った。
論考
◆イメージは矛盾を突きつける――大岡昇平『幼年』『少年』からの断想 宮澤隆義
金融と住宅市場の密接な関係は、現代資本主義の機軸となっている。第一次大戦が勃発する1910年代、父親を通し金融資本と住居に振り回された記録として、大岡昇平の自伝『幼年』『少年』を読む。そこには資本流入により奇怪に膨張する渋谷と、その中を彷徨う少年の姿が刻まれている。
◆アハハアハハバハッ!――大江健三郎『同時代ゲーム』と『M/Tと森のフシギの物語』をめぐって 立尾真士
大江健三郎『同時代ゲーム』から『M/Tと森のフシギの物語』への書き直しがもたらす暴力性の脱色は、近代天皇制から象徴天皇制への移行に照応する。そしてそれゆえ、『同時代ゲーム』が記す「バハッ!」や「アハハアハハ」にこそ、「皇后化」した天皇制に対峙する〈噓〉は読まれ得る。
◆ムラカミ、天皇を撃て!――村上春樹『1973年のピンボール』と「1969年のパチンコ」 位田将司
村上春樹は『1973年のピンボール』において、なぜ「ピンボール」を描いたのか。一方、「僕」が「直子」と出会った「1969年」において、奥崎謙三は「パチンコ玉」を天皇に向けて発射する。「ピンボール」と「パチンコ」を隔てる〈亀裂〉から、村上は「天皇を撃て!」という声を聴いていた。
◆噓の症例――西尾維新『猫物語(白)』 住本麻子
読書は何のためにするのか。作家は何のために書くのか。誰もが言い淀む難問だろう。そんななか、西尾維新は『化物語』を「百%趣味で書いた」という。〈物語〉シリーズにおける「噓」を分析し、ターニング・ポイントとなった『猫物語(白)』を読み解くことで、その難問に迫っていく。
◆資本主義のハンチバック――ケア小説論2 市川沙央『ハンチバック』論 ヒカリクラブ
◆「《ロマン革命》」を繰り返す――大地幹『月とピエタ』論 照山もみじ
資本主義に「無かったこと」にされている「物語」を語るためにこそ《ロマン革命》は繰り返されねばならない。中島梓の「革命」の精神を大地幹『月とピエタ』に接続し、資本主義にトラブルを齎す「物語」の可能性を論じる。『中島梓と「やおい」の時代』(金子亜由美名義)を補う論考。