●本作は、摂食障害や強迫的な運動を扱う直接的な描写が含まれます。
精神的に不安定な時期にある方は、閲覧にご注意ください。
(冒頭サンプル)
「お姉ちゃん、帰ろう」
妹の声がする。しかし姿はよく見えなかった。踊り続ける私の視界は常に揺れ動く。どこに彼女がいるのか探す。すべてが滲んで、速く回る。妹は見つからないだろう。
息が上がっていて、胃はからから、胃酸がのぼってきて喉が猛烈に痛かった。
「痛い」
そう発したが、言葉にはならなかった。息だけが漏れ出す。頭の上から足先まで様々な痛みがある。足先が一番痛い。
空気を右手で切る。そして左足を軸にして一回転した。
◇
レオタードを着た子供たちのなかで、私は冷や汗をかいていた。五歳になった私は真新しいバレエシューズで、何度もターンする。軸足がふらついて、うまく回れない。何度もそうさせられているうちに目が回ってきた。「チサさん! 一点を見て、もう一回」
そんなことを言われても、どんどんフォームは乱れて、ついに転んだ。これで許してもらえるだろうと思ったが先生は「もう一度」と言うだけだった。
私を見つめる子たちの目はどんどん怒りに満ちていく。「できない子」のために集団の時間が奪われている。自分だって見てほしい。
「チサさん!」
限界だった。倒れこんだ床は冷たい。回り続けた足先は鈍感になるほど痛くて、もう立ち上がれそうになかった。
「立って!」
先生は私を無理やり立ち上がらせた。それを振り払う。そしてドアに向かってできる限りの力で走った。足先の感覚が薄い。
「チサさん!」
「あーーー!」
言葉にならない呻きに先生は一瞬ひるんだ。その隙にロッカールームに逃げ込んで、レオタードの上から服を着て、カバンを持って走ろうとする。
「チサさん!」
ロッカールームの入り口に先生は立っていた。
「あなた、もう来なくていいです」
やっと、だ。私は安堵した。仁王立ちした先生は私をにらんでいた。そう記憶している。なにしろ五歳児の記憶だ。正しく覚えていない。