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ラッキーを頼むよ

  • 南1-2ホール | Q-84 (小説|純文学)
  • らっきーをたのむよ
  • 幅観月
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 38ページ
  • 400円
  • 2024/5/19(日)発行


  • 七月最後の登校日、ふり向いた慈雨はわたしの知らない顔をしていたーー


    慈雨は引っ越しの準備がたいへんだということと、お父さんが何度か荷物を取りに車で来てくれるのだということを言った。うちは車がないから、車で三十分の距離、というのが近いのか遠いのかよくわからなかった。でも学校を移るってことは遠いってことなんだろう、とひとりで納得して、なにかに抵抗するみたいにガードレールの外側を歩いて帰った。


    14才、慈雨がいなくなる夏。


    以下、「ラッキーを頼むよ」冒頭部分です。↓

    七月最後の登校日、ふり向いた慈じ 雨う はわたしの知らない顔をしていた。 「どうしたの、清乃」 まっすぐ見据えるような視線に、言葉が出てこない。息を吸うと、みるみる頬が熱くなる。わたしを見つめたまま、慈雨はゆっくりとまばたきをした。渡り廊下の窓の向こうを、のんびりと雲が流れていく。 何でもいいから叫びたかった。実際、呼びとめたときは、思いきり叫んでやるつもりだった。「裏切り者」とか「薄情者」とか、そんな言葉を。だけど、 いざその姿をみたら声を奪われたみたいになにも言えなくなってしまった。 慈雨はさざめく木々のような涼やかさで、放課後の渡り廊下の風景にすっかり溶けこんでいた。木でできた床板の上を風が吹き抜けていく。あらゆる影に、初夏の葉の緑が透けている。 窓の外はまだ明るい青色で、まぶしさはなく、やけに目になじんだ。昼間はたしかに夏だったのに、どこかに暑さを隠してしまったかのように、慈雨はただそこに立っていた。

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