余計なことは知りたくない。知らないでいいことは知らないままでいたい――。
他人の心情を色として見る力を持つ江里口サトルは、憂鬱な毎日を送っていた。
折り鶴を折って時間をつぶすサトルの前に、ある日上級生の一之江ルリが現れる。
騒がしく強引だが親切な一之江の真心に触れて、サトルは一之江を慕うようになる。
しかしどうやら一之江には「大切な人」がいるようだ。
一之江の過去を知ったサトルの、下した決断とは――。
「ルリ、あんたは嘘つきよ」
あの時言った言葉が、夢の中でハッキリと響く。
「あんたが何を言ったって、私は信じない。だから印をつけるね。誰が見てもあんたが私と一緒だって分かるような印。あんたがどこへ行ったって、誰とどんな関係になったって、その相手に気持ち悪いって幻滅されるような印」
これ以上聞くのはよそう。サトルの知っている世界と一之江の生きてきた世界はあまりに違い過ぎる。その違いをいちいち確認して、なんになるというのだ。そしてきっと、今は。
(一之江と俺がどんなに違っても、今は一緒にいるんだ。海にはこれから一緒に行けばいい)
サトルは口を開いた。
「あのさ、一之江」
「はい」
「今度一緒に海に行く?」
一之江は海に行きたいのだ。エリちゃんと一緒に、いつか約束の海へ。一之江が人生をかけて歩む道は、エリちゃんと再び会うための道。
サトルは端末を閉じて、視線を上げる。校舎の向こうに、お不動さんの塔が見えた。都会のようにも田舎のようにも思えるこの街から、海はそこまで遠くない。中学生のサトルには遠くても、大学生になる一之江にはきっと全然遠くない。
一之江はいつか、自分の足で海へたどり着くだろう。サトルが何をしなくとも。一之江はいつだって、弾むゴムボールのように力強くて、危なっかしいけれどサトルよりもずっと大人で。サトルが一之江にしてあげなきゃならないことなんて、一つもない。
(それでも、一之江が前に進むなら、俺は)