生きるとは何か? 産まれた理由は何なのか?「自分が好き」とはどういう気持ち?
両親がいて、悪い点数をとっても頑張ったねと褒めてくれ、通信簿で5ではない数字があっても馬鹿にされない、他人に私の失敗を話さず、出来損ないだと言われない、会話をしてくれて、汚いと言われない、抱きしめて愛してると言ってくれる、そんな場所で生きていたら「生きていて良かった」と思えるのだろうか?
そんな人が存在するなら、私は他人の人生を生きてみたい。自分の人生を手放したい。もうこの世から消えてしまいたい。
相続問題、借金、愛着問題、性への嫌悪感、罪悪感、怒り、上手く行かない夫との関係、
私は自殺遺族で、虐待児だったという気づき。
それらに向き合い続け、今の自分にたどり着くまでの混沌とリカバリー10年の日記です。
私という人間、私の家族、この社会が産みだした人間たちを証明したい、
そんな気持ちを込めて執筆しました。
一人の人間の人生10年間、他人の頭の中を知りたい人にとっても、とても面白い作品になっています。
日記エッセイだけではなく、ルポ・ノンフィクション、長編小説、精神・心理学、親子、ケア等に興味のある方にもぜひよんでもらいたいです。
〈こんな作品が好きな方におすすめです〉
臨床心理士・東畑開人、精神科医・高橋和巳、西村佳哲、町田康、植村一子、土門蘭、小指、『母という呪縛、娘という牢獄』など。(敬称略)
〈試し読み〉
いつの間にか私は彼を理解した気になっていた。父は私だ、同じ孤独を抱えている。しかしそれでも、親子なのだから彼は私を愛しているはずだ。私が必要だ。伝えるのが苦手なだけだ。愛に執着しているのだ。
これらは、私が見ていた夢だったのだ。必要として、愛して、諦められなかったのは私だけだ。父がどう思っているかは分かりようがない。もう一生、父に抱きしめられることも「愛している」と言われることもないだろう。それを要求してはいけない。愛するも愛さないも父の自由なのだから。産まれてみなければ、愛せるかどうかなんて分からない。子を愛せなくとも仕方がない。こんな結果になってしまったことは、もうどうにもならないのだ。
〈目次〉