野球部出身者としてかなりあっさりフェミニズムを受け入れられたのは、途中から母にひとり親として育てられ、女性ながら家長となり奮闘するその姿を見てきたことが関わっているかと思っていたが、そもそも「話し合う」力を養ったからだったのかもしれない。そして、ここまで述べてきた通り純然たる野球少年だったわたしだが、「物事をまっすぐ捉え、語りたい」という欲望が底なしだったことも一因だっただろう。いくつもの偶然が折り重なって今のわたしの考え方がある。野球部という、人権やフェミニズムと真逆の環境で青春時代を過ごしつつも、その先で出会ったフェミニズムを「そらそう」とあっさり理解するまでの人生を追ったエッセイ本。