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【新刊】鳥なき島

  • 南3-4ホール | い-45 (小説|純文学)
  • とりなきしま
  • 黒田八束
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 76ページ
  • 800円
  • 2025/5/11(日)発行

  •  遠い未来の日本、強制移住させられたひとびとが暮らす島。
     管理される娼妓、単為生殖が可能になった「新人類」でありながら地球に残ったトランスジェンダーの男性、遠い場所に行ってしまった娘について。

    ――――

     おまえを産んでから便秘気味になったんだ。だから便意をもよおすたび、毛細血管をぱんぱんに膨らませながら、裏の便所でカチカチの石ころみたいなうんこをひり出さなきゃいけなかった。くそのかたまりが便槽に落ちるたび、間歇泉が噴き出すみたいに蚊柱が立つんだよ。一段落するころには汗みずくになっていて、そんなときに雨が降り始めたりなんかすると、こう思うんだ。「雪が降っている」って。
     でも、この島に雪が降るはずないって、いくらばかなわたしでもわかっちゃいるんだよ。気候変動で、日本の空はすっかり変わっちまったんだから。たぎるように熱くなった体に、海風で冷やされたスコールがびっくりするくらい冷たいだけで、けっして雪じゃない。でも同時に、こう思わずにいられない。――雪が降っているよ、お父さん! 雪が降っている!
     あのときも雪が降っていたんだよ、うそみたいな話だけどさ。あのとき、歩き疲れたわたしは、お父さんの背中でまどろんでいたんだよ。お父さんの首筋に鼻先を押しつけると、すこし硫黄の香りがして安心した。お父さんに名前を呼ばれて目を覚ましたわたしは、のろのろと顔を上げて、次から次へと降る白い雨の存在に気がついたんだ。
     鳥の糞が輝いていたんだよ。
     ウミネコの群れがわたしたちの上を通り過ぎるところだった。けっしてとぎれることのない鳥たちのコールは、無人戦闘機のエンジン音みたいだった。爆弾は、わたしの生まれた蕪島の避難キャンプにも落ちたんだよ。瓦礫の下にたくさんの死体が埋まった。いまでも、わたしは夜空を走る膿(うみ)色の瞬きを夢に見るんだ。
     冷たいよ、イト。これが雪なんだね。日本でも、まだ雪が降るんだね。
     わたしを地面に下ろすと、お父さんは両腕を広げて鳥の糞を迎え入れようとした。糞が口に入ると、すっぱいと言ってはしゃいだ。そんなお父さんの足もとで、わたしは膝を抱えていたんだ。それで、気がついたんだ。地面に臥すウミネコに。はじめ、わたしはそのウミネコが死んでいると思った。うずくまっていた。でも、それは思い違いだった。ウミネコは卵を抱いていたんだ。死んだ卵を。かたい殻をくちばしの先で割って、ひなの形をとるまえの液体をすすっていた。それを見た瞬間、胸の肉をかみそりで削ぎ落とされるみたいな痛みを感じた。慣れ親しんだ光景だったから。わたしもそうやって生きのびたんだよ。
     泣いているのかい、イト。お父さんに教えてごらん。
     わたしの顔を覗きこんで、お父さんは言ったんだ。おおきな手がわたしの頭にぽんと軽い調子で置かれて、うれしくなったんだよ。昔、わたしのお父さんはスモウレスラーだった。米軍キャンプをめぐるサーカスの団員だった。同じサーカスで曲芸師をしていたのが、わたしのお母さんで、つまり、おまえのおばあちゃんだった。長く長く伸ばして、縄のように結ってワックスで固めた髪の毛で、天井の梁からぶら下がってジャグリングをしたんだって。でも、ある日の公演でその髪がちぎれて、奈落に落ちた。わたしのお父さんはわたしのお母さんを助けようとして、お母さんの頭と頭がぶつかったんだ。お母さんは死んでしまった。わたしが舞台裏に置いたゆりかごの中、鳥を模した古いモビールがくるくる回るのを目で追いかけていたときの出来事さ。


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