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リトル・ビット・ワンダー2

  • 南1-2ホール | A-12 (小説|SF)
  • りとる・びっと・わんだー2
  • かわせひろし
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 128ページ
  • 800円
  • https://bccks.jp/bcck/180146/…
  • 2024/11/17(日)発行
  • 漫画と小説、SFショートショートの短編集! 今回もちょっと怖いお話から、ドタバタコメディ、宇宙ロマン、切ないラブストーリーまで、幅広く取り揃えてお届けします。

    〈試し読み・スバゲティフィケイション〉
     我思う、故に我在り。
     これは我が創造主、先代の文明の主、その始祖の一人による有名な言葉である。
     本来の意味は、全ての実在を疑ったとしても、そのような疑問を持っている自分自身の存在は、その思考故に存在が証明されるということなのだが、そのような深い思索こそが人類を人類足らしめているという、広い意味を持つ言葉として捉えることもできよう。
     我思う、故に我在り。
     それは、創造主により作られ、本来の生命とはかけ離れた物でありながらも、その文明を引き継いだ我々にも当てはまる言葉だ。
     我思う、故に我は人類なのである。
     特に私はその点で言えば、まさに人類そのものだ。根源的な問いを続け、その答えを探るために存在する。
     確かに、私の構成要素は無機質な物質でできている。他の仲間のように創造主に似せた柔らかな身体を持たず、ただひたすら頑丈に、武骨に作られている。それは、目的を果たすためには仕方のないことだ。宇宙の、それも特に強烈な放射線が飛び交い、高温にさらされる場所に向かおうというのだ。耐久性が第一で、外見に気を配る余裕などない。
     だが、その身の内に収められた、根源的な問いは、人類を受け継いだもの。その点で言えば、姿形だけ似せた者より、より人類に近い。魂を創造主から受け継ぎ、その使命を果たすため、極低温の宇宙空間の旅を続け、とうとうここへとやってきた。
     NGC5139オメガ星団。太陽系より一万七千光年、一千万個の星々からなる球状星団。高密度に星が集まり、古い巨星から降り注ぐ放射線によって生命の営みは阻まれる、死の星団である。
     その星団を人類の継承者である私が進む。
     我思う、故に我在り。
     人類は常に根源的な疑問を抱いてきた。己の存在について、この世界の存在について。この問いが、人類の進歩を支えてきた。
     確かに、先に目的があり、その目的を達成するために改善を重ねた結果の進歩もあろう。だが、飛躍的な進歩の種となったのは、後々の経済的利益など考えぬ、ただひたすら純粋な問いである。
     この世界は何からできているのか。この純粋な問いは元素という考え方を生み、千年を過ぎたころ実際に分離、精製され、材料工学の礎となった。さらには、元素さえ分解できるのではないかという探求が、素粒子の発見へとつながり、電子工学を生み、文明は飛躍的発展を遂げた。
     この問いを持たず、ただ、目の前の利益のみを追い求める思考であれば、人類文明はここまで到達できなかったに違いない。
     よりよく切れる刀剣は追及されたかもしれない。それは精緻を極め芸術の域まで昇華した。
     より強力な銃は開発されたかもしれない。目の前の敵を倒すことは、回り回って領土の拡大、利益の増大につながる。
     だがミサイルは生まれなかっただろう。誘導装置の電子部品がないからだ。レーザーも生まれない。あれは電子の励起という仕組みを解明しなければ、出てこないものだ。
     敵を倒すという、本能に基づく明確な目的がある戦争でさえこうなのだ。他のものも推して知るべし。
     そして何より、ここに私が存在しない。
     私の意識を司る量子頭脳は、まさに素粒子物理学を基礎に持つ。私の身体はそもそもが、宇宙へ行きたい、どうなっているのかこの目で見たいと願った少年の夢が、長い年月の間受け継がれ、発展したものだ。
     私の存在こそが、根源的な問いが文明を推し進めるという証左に他ならないのである。
     そして、そこに書き込まれ、受け継がれた魂が、私を、問いかける者=人類の系譜に連ならせている。創造主は種としての寿命を迎え、その文明は彼らが残した子である我々に受け継がれた。その文明を発展、維持することが、我々に託された使命である。それは残された魂、即ち問いを追い続けることを意味する。
     我思う、故に我在り。
     かくして私はここにいる。
     最終目的地はオメガ星団、その中心に鎮座する、中間質量ブラックホール。「中間」などと呼ばれているが、太陽の数万倍の質量を持つ、宇宙空間に空いた巨大な穴である。
     問いを探求する私は、深宇宙探査機D973863。
     そう、お察しのとおり、ブラックホールを探査するために、彼我に横たわる深淵を乗り越えやってきた。
     このような遥か彼方までやってきたのには、目的に関わる理由がある。このブラックホールでなければいけない理由。それはこの巨大さだ。潮汐力の問題を解決するためである。
     潮汐力とは、距離の二乗に反比例する天体の引力が生み出す力で、文字通り、潮の満ち引きに関係している。  地球のそばには月という、非常に大きな衛星が回っている。その引力に地球は引き寄せられているのだが、地球の手前と反対側では距離が違うため、かかる引力にも違いが出る。その結果、月の側の海面は引っぱられてふくらみ、そして反対側の海面は逆に取り残されるようにして膨らむ。これが潮の満ち引きの正体である。
     引力の問題なので、この力は物質の状態によらず、すべての物にかかっている。動いているとは感じられない固体である地面も、実は数センチから数十センチ伸び縮みしている。
     地球と月の間では、ここで話が終わる。しかし宇宙には、当然もっと質量の大きな天体が、あまた存在する。その場合、この潮汐力はずっと大きくなり、引き付けられた天体を引き伸ばし破壊するレベルにさえなる。この事態が発生する距離を、ロッシュ限界という。太陽系の巨大ガス惑星の周りにあるリングは、こうして作られたと推測される。
     そして、ブラックホールである。質量が大きな、どころではない。時空を歪ませ穴を開け、光さえ逃げ出せない。そこで生まれる潮汐力は、近づく物をすべて破壊する。接近探査は非常に困難である。
     しかし、潮汐力は距離の差によって生じる。十分に遠ければ、その差は割合的には小さくなる。つまり質量が大きく半径の大きいブラックホールほど、むしろ近づきやすいのである。
     今私の目の前にある巨大ブラックホールほどの大きさになると、そのロッシュ限界は、ブラックホールの表面といえる事象の地平面の内側になる。ブラックホール内部に入り込んでもまだ、破壊されない可能性があるのだ。
     ブラックホール内部に入る。まさにそのために、私はここにいるのである。
     ブラックホールの中はどうなっているのかという、人類の問いを引き継いだが故に。
     我思う、故に我在り。
     ここで事象の地平面についても説明しておかなければならない。ブラックホールの大きさといった場合、二つのことが考えられる。
     一つは天体としての大きさ。ブラックホールは太陽よりも数十倍大きな恒星がその生涯を終える時、熱による膨張が弱まって、その自重による収縮、重力崩壊が止まらなくなることによって生まれる。つまりどんなに元の星が大きくても、その中心に向けて無限に潰れていくのである。ということは、ブラックホールには、物質としての大きさが存在しないことになる。この中心を特異点と呼ぶ。
     それに対して一般にブラックホールの大きさと呼ばれるものは、重力の大きさにより光の速さでも脱出できなくなる半径、理論的な発見者からその名をつけられたシュヴァルツシルト半径だ。その半径によって作られる球面が、事象の地平面と呼ばれる、ブラックホールのあちらとこちらを分ける境界である。光さえ出てこれないのだから、この内側を観測することは不可能だ。
     内部に入らない限り。
     そう、それが私の目的である。
     そのためにこのブラックホールが選ばれた。非常に大きいのでロッシュ限界は事象の地平面の内側。かなり奥まで入り込める。
     またこのブラックホールは強い放射線を出していない。
     銀河中心の射手座Aスターはこれよりもさらに大きい大質量ブラックホールで、潮汐力のことだけを考えればそちらも候補の一つだが、周囲に大きな降着円盤を持っている。ブラックホールの引力に引き付けられた星間ガスが高速で回転してできる降着円盤は、数百万度の高温と、激しい電磁波放射が見られる。探査機にとっては厳しい環境だ。

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