〈目次〉
◆巻頭言
◆座談会:「臣下」の文学――「勲章」としての短歌 内野光子・位田将司・立尾真士・宮澤隆義
短歌によって天皇/制を「撃つ」ことは可能か。内野光子氏を迎え、短歌と天皇/制、「60/70年安保」と革命、結社と資本主義、第二芸術論・前衛短歌と「私性」、阿部静枝の「フィクション」、齋藤史・瀏と2・26事件をめぐり、大いに議論を展開した。
論考
◆国家の空間、ゲリラの土地――大岡昇平『レイテ戦記』素描 宮澤隆義
『レイテ戦記』中、国家の「作戦空間」とは異質なものとして大岡昇平の目に浮上してきたのがレイテの「土地」だった。そこでのゲリラに着目していった大岡は、執筆当時の60~70年代の世界情勢を重ねつつ、彼らに「前近代性」と資本の自由化という両面に対する闘争を重ねて見ていたのだ。
◆「無存在」の到来――武田泰淳『富士』論 立尾真士
「真のミヤ」を自称する武田泰淳『富士』の一条実見の論理は、その徹底した無根拠ゆえ「文化概念」や「天皇霊」などの補填が不要な、天皇/制を凌駕する「無」である。天皇制-国家の「絶滅」可能性を潜在させるこの論理は、「真似」を介してテクストに「無精神」と「無存在」を刻み込む。
◆この人を見よ 江藤淳、痴漢と殴打の政治学――あるいは幻影の女 ヒカリクラブ
かつて『噂の真相』が伝えた江藤淳の痴漢疑惑とは何だったのか。痴漢の手は安保闘争をすり抜け、父殺しを企み、果ては妻の体を激しく殴りつける。決して自らの欲望を諦めないこの者は、鞭打たれる罪人か、荊の冠をかぶった救い主か。いまここに倫理の書として江藤淳のテクストは蘇る。
◆「飼育係」の法 照山もみじ
本稿では、「普通の少年たち」の「明るい物語」としてのBLが普及する90年代以降に書かれた、二つの暴力的=アナーキーなBL作品を取り上げる。それらは、中島梓の「ヤオイ」の系譜を事実上受け継ぎ、「普通」の世界を舞台とした「明るい物語」のいかがわしさを明るみに出すものである。
◆〈7・7〉と〈7・6〉との間で――「涼宮ハルヒ」と「外山恒一」 位田将司
外山恒一の反管理教育運動の転換点であった「高塚高校校門圧死事件」(7・6)は、「華青闘告発」(7・7)と共に思考される必要がある。それは涼宮ハルヒの「世界」の創造の起点となる「七夕」(7・7)と共に〈読まれる〉べき出来事でもあった。「全共闘以後」を「享楽」の歴史と見做す。
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